表紙

羽衣の夢   178 家族揃って


 滋が力説した通り、中山豆腐店の品物は、どれも見事といっていい味わいだった。
 すべての種類を買って帰り、食卓に出すと、外で高級食材に慣れている吉彦も感心した。
「こんな腕のいい職人さんが、ひっそりと店を畳んでいくなんて、もったいない話だ」
 そう言って彼は、特に一流どころの興味を引きそうな三つの商品を、知り合いのレストランと小料理屋に紹介する役目を引き受けた。


 吉彦は好かれる性質だし、信用もあるため、何軒もが試しに使ってくれた。
そして、五軒のうち四軒が、配達があればまとめて買うと注文をくれるようになった。
 成果を受けて、今度は晴子と加寿が、さりげなく近所で宣伝を始めた。 これこれの高級料理屋が使っている上等な豆腐なのよ、というわけで、見直した近所の奥さんがひいきにするようになり、店は賑わいを取り戻した。


 深見家の人々は、誰も直接に中山豆腐店へ事情を話さなかった。
 だが、ある朝晴子が新聞を取りに出ると、門の内側にひっそりと紙袋が置いてあった。
「深見家ご一同様?」
 そう書いてある宛名を読み、首をかしげながら、晴子は玄関に持ち込んで、中身を見た。
「あら……」
 中には丁寧な感謝の手紙を添えて、店の一番上等なクルミ入り豆腐と厚揚げが入っていた。


「どうしてバレたん?」
 朝食の席で、弘樹がその厚揚げの煮つけを食べながら尋ねた。
 みんなの視線が滋に集まり、彼はあわてて首をブンブンと振った。
「僕は何も言ってないよ。 ただ園子〔そのこ〕ちゃんに、もう引っ越さないですんでよかったねって言っただけだよ」
「勘がいいんだね、その娘さん」
「たしか中三でしょう?」
 何くわぬ顔で登志子が訊くと、滋の耳が赤くなった。
「うん…… でも早生まれだから、半年しか年ちがわないけど」
「え? 付き合ってるの?」
 友也が高い声で尋ね、滋は頬まで上気した。
「いいじゃん、別に」
「悪いなんて言ってないよな」
 吉彦が友也に笑いかけると、友也は次兄にしかめっ面をしてみせた。
「そっちこそいいじゃん、教えてくれたって」




 そして、また夏が巡ってきた。
 輝かしい夏。 子供たちがみんな健康で幸せで、大人たちも元気で、悩みもない。 それは滅多にない、恵まれた季節だった。
 登志子は、大学で新しく友人になった女子たちと付き合うだけでなく、高校や中学の友達にも誘われ、忙しい日々を過ごした。
 ただし、その中でも、祥一郎と会える機会は絶対に逃さなかった。 二人の心の絆はどんどん強まっていて、ときどき同時に同じ事を言い出すほどになっていた。










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