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羽衣の夢   177 移り変わり


 そっと覗いたつもりだったが、目ざとい兄弟は同時に顔を上げて、晴子を見つけた。
 仕方なく、晴子は畳の部屋に入り込んで、わざと厳しく言った。
「大声が外まで鳴り響いてたわよ」
 男の子二人は顔を見合わせた。 すぐに弘樹のほうが言い訳した。
「もう喧嘩してない。 見てわかるでしょ?」
「怪我もしてないようね」
 とたんに二人は笑い出した。 まるでさっきまでの騒ぎが他人事〔ひとごと〕のように。
「そんなんじゃないから」
「ふぅーん、じゃ、どんなんなの?」
「あのね」
 弘樹を身を乗り出すと、滋が急いで腕を引いた。
「シッ」
「何それ」
 晴子はちょっとむくれた。
「お母さんには内緒?」
「そうじゃないけど」
 迷っている滋を尻目に、弘樹がさっさと話してしまった。
「滋さ、大事にしてる人いるんだ」
「そう」
 晴子があまりあっさり応じたため、弘樹は物足りなそうに付け加えた。
「憧れてるんだって」
 ぱっちりした目をぶすっとした次男に向けて、晴子は真面目に言った。
「それでお兄ちゃんに相談したのね。 どうにかできそう?」
 滋はゆで蟹のように真っ赤になった。
「えぇと……やっぱお母さんにも話したほうがいいかな?」
「そりゃそうだよ。 ふつう豆腐買うのは主婦だろ?」
「豆腐?」
 思いがけない方向に話が飛んで、晴子の目が今度は丸くなった。


 その夕方、食事の支度をしながら、晴子は加寿と登志子に話した。
「二丁目に『中山豆腐店』ってお店があるの、知ってる?」
 加寿は首を振ったが、登志子は聞いたことがあった。
「ああ、角にあるお店。 自転車で前を通ったことがあるわ。 あそこのお豆腐はおいしくて煮崩れしないって聞いた」
「いい品質なのね。 そこが、スーパーに押されて閉店するらしいの」
「惜しいねぇ」
 加寿が嘆息した。
「パック入りのも便利でいいけれど、ちゃんと朝早く起きてニガリで作った豆腐は最高なのに」
 晴子は少し考えていたが、不意に顔を上げて言った。
「登志ちゃん、明日時間ある?」
「え?」
 登志子はきょとんとなった。
「明日は水曜だから……三時には帰れるけど?」
「一緒に買物行ってくれない?」
「ああ、はい。 喜んで行くけど、どうして?」
 晴子は微笑み、指を丸めて小さなグー・サインを出した。
「そのお豆腐屋さんに寄ってみるの」










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