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羽衣の夢
176 兄弟喧嘩で
登志子が、大柄でしかもかっこいい勤め人と婚約しているという噂は、すぐ学内に広まった。
とたんに研究会が大幅に減った。 忙しい登志子はホッとしたが、おこぼれにあずかっていた女子学生はがっかりした。
短い春休みが慌しく過ぎ、すぐ新学期がやってきた。
深見家にも新たな変化が訪れた。 高校二年になった弘樹が、初めて家に女友達を連れてきたのだ。
中学時代はひたすら上にひょろりと伸びるだけだった弘樹だが、十五歳になった頃からつくべきところに筋肉がつき、今ではなかなか立派な体型になっていた。 そしてようやく人生の春にも目覚めたらしく、真剣に付き合える相手を見つけた。
それとも見つけられたのか。
ともかく、家族はその同級生、田島路香〔たじま みちか〕を、とてもいい子だと歓迎した。
それから半月後、ガーッと兄弟喧嘩した後で、滋が憎まれ口を叩いた。
「なんだい、手軽に近くで彼女見つけちゃって」
弘樹は、二人で転がりまわっていた床から身軽に跳ね上がると、腰に手を当てて言い返した。
「距離なんか関係ないやい。 おまえなんか近くでも遠くでも見つけらんないくせに」
「そんなことないよーだ」
滋も続いて起き上がって、薄い胸を張った。
「僕の好きな人、見たら驚くぞ」
「だーれが」
鼻で笑った後、弘樹は一拍遅れて驚いた。
「おい、おまえ好きな人なんているのか?」
「いて悪いか?」
滋が怒鳴り返した声は、二人のどたばたに慣れていて、悠々と裏木戸の前で隣人と世間話をしていた晴子の耳にも届いた。
吉井という隣人のおばさんが、口に手を当ててにこにこ笑った。
「お宅はいつも元気で」
「うるさくてごめんなさい」
一応謝ってから、晴子は心配になって家に戻った。 滋はめったに怒らないが、たまに大爆発する。 無邪気な弘樹より、少し扱いに注意しなければならない存在だった。
高二と中二では、体力に大きな違いがある。 いつものように弘樹が適当にハンデをつけて闘ってくれていればいいが、と不安になりながら、晴子が家に入ると、中は静まり返っていた。
これはかえって心配だ。 晴子は思わず早足になって、二人が揉めるときによく使う畳の続き部屋に行った。
すると、二人がいた。 喧嘩はしていないようだ。 それどころか、足を投げ出して壁にもたれ、頭を寄せ合って何事か、実に親しげに相談しあっていた。
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