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羽衣の夢   175 違和感なく


 それから加寿は、そっと言い添えた。
「やっと欲しいものに手を伸ばすことが、できたんじゃないかな」


 その言葉がじっくり胸にしみこんでから、祥一郎は顔を加寿に向け、微笑んだ。
「そうなら、ありがたいです。 父ちゃんに顔向けできる」
「お父さんに?」
「ええ」
 怪訝〔けげん〕そうな加寿に、祥一郎はぽつぽつと説明した。
「初めは工場を継ぐと決めてたんですよ。 これでも長男だから。 でも父ちゃんが、せっかく大学出たんだし、大手に就職したほうが将来性があって、いい婿になれるから運を試せって。
 後にはちゃんと結二が控えてるし、あいつが継がないと言い出したら、そこですっぱり工場止めたっていいじゃないかって」
 父ちゃん、という話し方に、気風〔きっぷ〕のいい父親に対する愛情と尊敬がにじんでいた。
 加寿は感激して、思わず胸の前で手を合わせた。
「ありがたいねぇ。 あなたと登志子のために応援してくれて。 足を向けて寝られないわ」


 そのとき、ざわざわとした人の気配が近づいてきた。 男の子たちが目覚めたらしい。
 そもそも、七人家族で活気のあるこの家で、今まで二人だけで内緒話ができたのが奇跡だったのだ。 祥一郎は感謝を込めて加寿の肩に手を置いた後、すっきりした足取りで廊下を歩いていった。
 すぐに友也の声が聞こえた。
「あ、もう起きてたの? 早いね〜」




 朝食は、いつもより更に賑やかだった。 こういうとき、和室は便利だ。 わざわざ椅子を持ち出さなくても、座布団を増やしてくっついて座れば、一人や二人増えたぐらいでは困らない。
 あじの塩焼きとキャベツの味噌汁、納豆に海苔、目玉焼きにきゅうりの新香という健康的な朝御飯を楽しみながら、一同はその日の予定を詰めていった。
「オレは中条〔なかじょう〕と模型飛行機の試合に行くんだ」
 最近男らしさを強調したがるようになった弘樹は、オレを愛用していた。 ただし、ありがたいことに秘密主義にはなっていなくて、どこへ出かけるにも、ちゃんと報告は怠らなかった。
「ああ、ちゃんとヒゴ使った、あの手作りのやつね? 勝てそう?」
 友也は興味津々だ。 だが、友達と本気で競っている弘樹には、チビの弟を連れていく気はなさそうだった。
「新宿まで、中条の父さんが乗せてってくれるって。 だから友也は留守番」
「えー」
 一瞬ふくれたものの、友也はすぐ気分を変えた。
「いいよ、滋兄ちゃんの野球見に行くから。 祥一兄ちゃんもお姉ちゃんと一緒に行くよね?」
 初めて兄ちゃん付きで呼ばれて、祥一郎は思わず目を丸くした。 すると、相変わらず静かに食べていた滋が目ざとく気づいて、あっさり説明した。
「もうじきお義兄さんになるのに、名前で呼ぶのはまずいって、三人で申し合わせたんだ」
 それから横目で弘樹を睨んだ。
「一人忘れてるのがいるけど」
 本当にきれいに忘れていたらしい弘樹は、ひょこっと首を突き出して照れ笑いした。
「そういえば昨夜から、ずっと祥一ちゃんって呼んでた。 こりゃまた、失礼いたしました」
 クレイジーキャッツの流行語で詫びて、彼はぺこんと頭を下げた。










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