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羽衣の夢   173 久しい憧れ


 電車に乗ってからも、二人はぴったりくっついて座り、ずっと話を続けていた。 お互いの両親のこと、弟達のこと、学校や職場での笑える逸話など、いくら語り合っても種はつきなかった。
 こういうひとときが、幼なじみの良さだった。 お互いの家庭事情をよく知っているし、踏み込んではいけない領域もわかっているから、知らない間に相手の気分を悪くする心配もない。 心地よい時間にひたって、あやうく乗り越すところだった。


 阿佐ヶ谷駅からは、時間が遅いのでバスに乗った。 深見家に到着すると、二階から二人の姿を見つけた弟たちが玄関に鈴なりになっていて、大好きな未来の『兄貴』を歓迎した。
「いらっしゃい! ねえ、今日こそ泊まっていけるよね? 明日は日曜だし」
「ず〜っと遅くまで寝てても、誰も文句言わないから」
 これは弘樹らしい言葉だ。
「明日のお昼、カツ丼にしてもらうから〜」
 そしてこれは、今食欲満開の末っ子、友也だった。
 カツ丼が祥一郎の好物だということを、誰に聞いたのかちゃんと知っている。 三人それぞれの売り込みに、祥一郎は苦笑するしかなかった。
「いや、ご両親に訊いてみないと」
 これは半分承諾したと同じだ。 三人はとたんに勢いづいた。
「いいって言うに決まってるじゃん!」
「明日の午後、野球の練習試合があるんだ。 お姉ちゃんと見に来てくれない? ねえ」
 これは珍しく、滋の願いだった。 祥一郎は興味を覚えて、一家の中では室内派の彼を見つめた。
「今でも二塁手?」
 前に一度話しただけなのに、祥一郎がちゃんと守備位置を覚えていたのを知って、滋の顔が輝いた。
「そう! 最近流し打ちができるようになったんだよ。 でも打率をもっと上げたいんだ」
 広めの玄関も、若者が五人集まるとごった返して見える。 茶の間から吉彦が気軽に出てきて、まだ土間に立っている祥一郎に手を上げた。
「送ってきてくれた? ありがとう。 もう夜遅いし、みんなもこう言っていることだし、泊まってやってくれないか?」
「はい、喜んで」
 それは祥一郎の本音だった。 男の子たちはうきうきして婚約者たちを囲み、お神輿のように茶の間へ押していった。


 翌朝、祥一郎は寝坊などせず、六時半にきちんと起きて布団を畳み、顔を洗いに降りていった。
 階下には、いつも早起きの加寿がいて、ちゃんと着替えた祥一郎を見て目を丸くした。
「あら。 ゆっくりしててもいいのよ」
「癖になっちゃってて」
 微笑を返して洗面所に入る大きな背中を、加寿は頼もしそうに見送った。
「こんなところで言うのも何だけど、あなたが登志子を選んでくれて、嬉しくてしょうがないのよ」
 石鹸を手に取ったところで、祥一郎は動きを止めた。 そして、昔から自分の祖母のように思っていた加寿に、初めて本音を打明けた。
「選ぶなんて。 片思いしてただけですよ」
 廊下にいた加寿は、その言葉にびっくりした。
「祥一ちゃんが、あの子に?」
「はい」
 声は聞こえても顔を合わせていない分、祥一郎には話しやすかった。










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