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羽衣の夢   172 彼との時間


 あっけに取られたのは、登志子見たさに集まっている男子学生だけではなかった。 固まって座っていた女子学生二人も、脚が長く身のこなしが自然に優雅な祥一郎を、ぽかんとした表情で見つめていた。
 最初に気を取り直したのは、助手の小俣〔おまた〕で、にっこりして声をかけた。
「こんばんは。 仕事帰りかな?」
「そうです。 なかなかにぎやかですね」
 やんわりと皮肉を込めて応じた後、祥一郎は、まだ珍しくしがみついている登志子と目を見交わしてから、すぐ続けた。
「盛会なのにすみませんが、この人を送っていく約束をしたんで、ここで」
「ちょっと飲んでいきませんか?」
 小俣の隣にいた進藤という小柄な学生が、未練がましく提案した。 祥一郎は邪気のない笑みを浮かべて答えを返した。
「そうしたいところだけど、うちまでちょっと距離があるから。 またいつか」


 ほっとして、登志子は会費を払って一同に別れを告げ、祥一郎と二人揃って、湿った風の吹く戸外へ出た。
 駅はすぐ近くだ。 風が少し冷たいので、身を寄せ合って歩くと心も体も温かかった。
 やがて祥一郎が小さく口笛を吹きはじめて、登志子を驚かせた。
「祥一ちゃん?」
「ん?」
「来てくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
 それから彼は低く笑った。 なんだかうきうきしているようだった。
「みんな、ぎょっとした顔してたね。 登志ちゃんが『いいなずけ』って紹介したとき」
「それが狙いだもん」
 楽しいときの癖で、登志子は彼の腕を両手で抱え込むようにした。
「私には正式な彼氏がいますよ〜って、知らせたかったの」
「それならもっとしゃれた格好して行けばよかったかな。 こんなもっさりしたのじゃなく」
 どこがもっさり? と、登志子は胸の中で笑った。 確かに祥一郎は事務系ではないから、背広では通勤しない。 普段着同然の服装で工場に通っているが、体型がいいので何を着ても様〔さま〕になった。
「いいの。 おうちで機械手伝ってるとき、首にタオル巻いてるでしょう? あの格好だって悪くないもの」
「町工場のオヤジ・スタイル? 登志ちゃんのイメージに似合わねぇ〜」
 わざとぞんざいな言葉を使って、祥一郎はにやっとした。 だが登志子は本気だった。 その気になれば、祥一郎は一流のファッションモデル並みにどんな服でも着こなせるだろう。 だからといって、そんなのは嫌だった。 気取らず、てらわず、男くさくなれる彼のほうが、ずっとよかった。
「私、そんなに澄ましたイメージ? 気をつけなきゃ」
「いや、そういうことじゃなくて」
 祥一郎の声が低く、優しくなった。
「ほんわかしてるところがいいんだ。 運動万能なのに、どこかおっとりしててさ。
 ところで、さっき店に入ったとき、雰囲気が妙だったよな。 登志ちゃんに喧嘩売る男なんているのか?」
「ああ……少し飲みすぎて。 怒り上戸〔じょうご〕なの、元江さんは」
「酒癖が悪くて、からむ奴か」
 祥一郎は眉を寄せた。
「会社にもいるけど、普段と別人のようになるんだよな」
「もうこれからは、あんまり誘ってこなくなるでしょう。 祥一ちゃんがいるってわかったから」
「俺は用心棒?」
「それだけじゃない。 祥一ちゃんは」
「なに?」
 未来を共に歩む人──そう思いついて、口にしようとしたのに、できなかった。 あまりにもキザな台詞に思えた。
 だから、もっと素朴に、素直に口に出した。
「大好きな人」











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