表紙

羽衣の夢   171 打明ける時


 春が近づくと、まとまりの悪かった登志子の同級生たちも、少しずつ仲間意識を持つようになってきた。
 すると、別の悩みが出てくることになった。 あまり情緒的ではない理科系クラスとはいえ、美しいものへの憧れは、それぞれにある。 登志子の際立った美貌は、恋に目覚めたために輝きを増し、地味な服装では隠し切れない状態で、日々新たなファンを獲得していった。
 すると、理屈好きな連中は、さまざまな研究会を作りはじめた。 そして、登志子の興味を引きそうなテーマをかかげて、出席を誘う。 まじめに議論で盛り上がる会もあったが、中には単なる飲み会になってしまう場合もあった。
 付き合いだから、行けるときにはいつも行った。 ただし、必ず女友達と一緒に。 登志子は友人だらけなため、呼びかけに応じる女子学生が必ずいた。
 その子たちの何人かが、男子学生とカップルを作った。 登志子はいつの間にか、結びの女神とたてまつられるようになり、一緒に出かけたがる女子が更に増えた。


 こうなると、面白くない男子もぽつぽつ現われた。 彼らの本命は登志子なのだ。 それなのに、周りが引き立つようなことばかりして、本人はさりげなく、控えめにしている。 もちろん、どの男子学生とも平等に話すばかりで、誰も選ばない。
 選んだら大騒ぎになりそうだが。
 だんだん困った雰囲気になりつつあるのを、登志子は早くから悟っていた。 なにしろ弟が三人もいて、若い男の子の心理ならある程度わかっている。
 この辺で区切りをつけておかないと、と決心し、三月半ばの土曜日、有機化学の助手を交えた夕方の食事会に招かれたのを幸い、手を打った。


 その会は、男子十人に先生一人、それに登志子を入れて女子三人という組み合わせだった。 助手の小俣〔おまた〕は爽やかな青年で学生に人気があり、集まりはなごやかで、ビールの量も進んだ。
 やがて八時近くなった頃、いつも横柄な一人の男子が、酔った勢いで登志子のお酌の仕方が間違っていると言い出した。 登志子は二十歳の誕生日を迎えて間もなかったが、まだ未成年だと言いつくろって、酒を飲まずにジュースですませていた。 それでも皆に合わせて互いにさしつさされつしてのんびりやっていたのに、急にそんな発言があって、緊張が走った。
「両手でやるんじゃないよ。 片手でこう反側に傾けて、色っぽく注ぐの」
「私は色っぽくないから」
 登志子が笑いながら応じると、元江〔もとえ〕というその男子は、目を吊り上げて声を荒げた。
「ちゃんと聞けよ、先輩の言うことは!」
 見かねて、横にいた男子が立ち上がった元江の上着の裾を引っ張った。
「おい、もう飲み過ぎたんか?」
「「うるさい!」
 元江が乱暴に裾を払って、勢いで自分がよろめいた。 ちょうどそのとき、入り口の引き戸が開いて、祥一郎が入ってきた。
 まさに素敵なタイミングだった。 登志子は反射的に立ち上がって、紺色のコートをセーターの上に羽織った恋人へ飛んでいった。
「祥一ちゃん」
 テーブルは静まり返った。 不意に現われた格好いい大人の青年に、声も注目も奪われた感じだった。
 少し驚いている祥一郎の手に自分の手をすべりこませ、指をしっかり組み合って、登志子は一同に紹介した。
「中倉さんです。 いいなずけの」
 その声には、隠し切れない愛情と誇りがにじんでいた。










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