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羽衣の夢
166 幸せと驚き
デートを約束した二二日は、あっという間に来た。
新調したハーフコートを着て、登志子は胸を高鳴らせながら待ち受けた。 世界的に不安定な兆候が強まり、フランスなどで過激な学生運動が起こりかけていたが、日本ではまだ平和で、商店街は総力をあげて年末の売上げを増やそうとがんばっている時期だった。 輝く町をすてきな恋人と歩くのは、若者の誰にとっても夢といえただろう。
午後二時になり、友也に冷やかされながら階段を下りてくると、ちょうどチャイムが鳴って、弘樹がばたばたと土間に下りて扉を開けるところだった。
「いらっしゃい、早かったね」
「よう」
これだけ親しいと、挨拶もどんどん簡単になる。 後はニコッと笑い交わしただけで、祥一郎はさっそうと玄関に入ってきて、段を下りきった登志子のほうに目を向けた。
「よかった! 早すぎるかと思ったけど、ぴったり」
「ぴったりだった」
二人の言葉が重なった。 すかさず弘樹が、
「とうとう言うことまで同じになったね」と、からかった。
それから、生意気にウィンクして言った。
「すぐに行ったほうがいいよ。 お母さんとお祖母ちゃんがお隣に遊びに行ってるうちに。 見つかったらまた一時間ぐらい引き止められちゃうよ」
「じゃ、挨拶は帰ったときに。 よろしく言っといて」
「まかせて」
「行ってらっしゃーい」
階段の踊り場から友也が叫んだ。
外は風が強くなっていた。 祥一郎は登志子を抱え込むようにして風上に立ち、オーバーコートの裾をなびかせながら速度を合わせてゆったりと歩いた。
「予約したの、どこだと思う?」
ずっと考えていたので、だいたい予想はついたが、登志子はわからないふりをして訊き返した。
「どこ?」
「東京タワー。 高いところだろ?」
やっぱりそうだった。 登志子は大きな笑顔になった。
「眺め最高」
「お土産も買えるし」
「晴れた日には富士山も見えるし」
いつの間にか二人は手をつないで、幼稚園帰りの子供のように大きく腕を振っていた。
楽しい。
登志子は心からそう思った。 空は曇っていたが、こんなに晴れ晴れした気持ちになったのは久しぶりだった。
あなたは私の太陽。 たしかそんな歌があったっけ。
口に出して言うのはあまりにも照れくさいけれど、登志子は今や、愛のとりこだった。 もう迷いはみじんもない。 実の父を思って悩んだ夜は次第に遠くなり、今の家族と実の母と、そして祥一郎がいてくれればそれだけでいい、と思えるようになっていた。
駅までのバスの中でお互いの近況を少しずつ語り合い、降りてからまた手をつないで、お互いの体温を感じながら歩いていたとき、不意に祥一郎が前触れなく止まった。
腕を引っ張られる形になって、登志子は驚いて問いかけるように祥一郎を見上げた。
「どうしたの?」
無言のまま、祥一郎は通りかかった店のガラス越しに、何かを見つめていた。 つられて登志子も視線を向けると、そこは電器店で、宣伝用につけっぱなした大型テレビの画面が鮮やかに見えた。
大写しになった顔が目に飛び込んできた。 それは、きちんと背広を着た鞍堂晋の写真だった。
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