表紙

羽衣の夢   165 素敵な年末


 冬休みは毎年大騒ぎで、特にその年末年始は予定が目白押しだった。
 まず、楽しみにしていたスキー旅行があった。 二人だけでは行けず、結二と弘樹が『おじゃま虫』としてついてきたが、それはそれで荷物持ち係とか写真撮影班としてこき使うことができて便利だった。 弟たちの宿泊費を、祥一郎がボーナスから出してやったからだ。
 特に登志子が気に入ったのは、最終日の前日、中級以上のスキーヤーが花火を持って、きれいに列をなして蛇行しながら斜面を降りるイベントだった。 もちろん四人とも参加して、予行演習したとおりに並んだり、交差したりしながら、花火の織りなす模様をうまく作り出した。 誰もまちがえずに滑り、一部始終を映写機に収めた主催者チームが、喜んでVサインを出す見事な出来栄えだった。


 雪焼けした四人が上機嫌で帰ってきた後、今度はクリスマスが待っていた。 深見夫妻は、瓦礫の残った戦後の街をジープが走り回り、MPが棍棒を持って酔っ払いを掴まえていた頃の記憶が邪魔をして、あまり派手にパーティーなどはしたことがなかった。 だから子供たちは、友達の家に呼ばれたり、一緒に劇やコンサートに行ったりで、たいていいつも、この日はばらばらに行動した。
 まだクリスマス・イヴのデートという習慣は定着していなかった。 会社では仕事もある。 それでも街頭は飾り付けられ、プレゼントや正月用の買物をするいわゆるクリスマス商戦がたけなわだった。
 その年は二三日が土曜日だったため、やっと新発売騒動が明けて少し時間ができた祥一郎が、金曜に電話してきて登志子を誘った。
「明日、買物に行かん? その後、眺めのいいところで食事しよ」
 うぉ、デートらしいデートだ。 登志子の胸は躍った。
「うん! 何時に待ち合わせする?」
「お宅まで迎えに行くよ。 そうだなぁ、二時半には行けると思う」
「わかった。 待ってるね。 あ、無理して急がなくていいから。 もうちょっと遅くなっても、辛抱強く待ってるから」
 クスッと笑う声が伝わってきた。
「じゃ、余裕持ってできるだけ早く行くよ」
「じゃね、また明日」
 わくわくしながら受話器を置くと、廊下を歩いてきた滋が、ひょいと茶の間を覗きこんで言った。
「お姉ちゃん、優しすぎ。 時間厳守!って、びしっと言っといたほうがいいよ。 亭主関白になっちゃうよ、甘い顔みせると」
「そうなの?」
 登志子はとぼけて笑った。
「滋ちゃんたちにも優しくしてるつもりだけど、誰もいばってないじゃない?」
「それは……」
 滋は言葉に詰まって、眉を上げた。
「調子に乗って本気で怒らせると、怖いから。 たぶん」
 登志子は本格的に笑い出した。
「たぶん、ね。 部活でもそう言われてる。 裏番長なんだって」
「だよね〜。 表は天女、裏は夜叉〔やしゃ〕って?」
「天女だって! 滋ちゃんお世辞がうまくなったね」
「だから最近もてるもてる」
「ああそうですか」
 近くにあった新聞を丸めて、登志子は立ったままの滋の膝をポンと叩いた。 たぶん本当にもてるんだろうな、と思いながら。 滋は弘樹に比べると派手さはないが、だいぶ目鼻立ちがおとなびてきて、きりっと引き締まった魅力的な顔になりそうな気配を見せていた。










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