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羽衣の夢   164 お土産合戦


 結局、何のかんの言っても、祥一郎に会いたかっただけなのだと、登志子は気づいた。 好きな人とは長く離れていたくない。 祥一郎も同じ気持ちだったとわかって、心からほっとしたし、嬉しかった。
「工場がどたばた状態なんだ。 大々的に売り出す寸前に、欠陥があるのがわかって、直すのに一苦労。 もう宣伝しちゃった後で、販売遅らせるわけにいかなくて」
「競争が激しいからね〜」
 登志子は大いに同情した。 仕事はどこでも厳しいものだ。 祥一郎の父が働き者なのは有名だし、登志子の大事な父親も、十年ほど前に現場の苦労で五キロも痩せたことがあった。
「発売したら、少しは楽になる?」
「ああ、そのはずだ」
「じゃ、そうなったらゆっくり遊びに行かない? スキーとか」
 祥一郎の目が輝いた。
「行こう行こう! そういう目標があると、がんばれるよな」
 そんな話をしているとき、二人は家を出て、駅へと大通りを歩いている最中だった。 もう十時半過ぎなので、普通の店はシャッターを下ろしていたが、飲食店の一部と酒場はまだ開いていて、街は明るかった。
 それでも、駅のそばに大きな常緑樹が枝を広げている一角があり、人通りが途切れていた。 二人はそこで立ち止まると、優しいキスを交わした。
 それから祥一郎は、街灯の光に淡くにじむ登志子の瞳をじっと見つめて尋ねた。
「さっきから気になってたんだが、何か悩みごとがあるんじゃないか?」
 やっぱり悟られていた。
 登志子は頬が熱っぽくなるのを感じながら、さりげなく微笑んでみせた。
「ちょっとあったけど、祥一ちゃんの顔見たら、どこかへ飛んでった」
 悩みの内容は、ぜったいに気づかれるべきではない。 安定した性格の祥一郎だが、内には激しい情熱を秘めている。 鞍堂社長が登志子に何をしたか、少しでもわかってしまったらどんな結果になるか、予想もできなかった。
 それ以上詳しく訊かれないうちに、登志子は祥一郎の腕を引っ張り、脇にかかえこんだ。
「もう済んだことだから。 それよりスキー、どこ行きたい? ご希望をどうぞ」
「そうだなぁ、苗場? 秋田県もいいよな、樹氷とか」
 有名なスキー場を数えあげているうちに、あっという間に駅へ着いた。


 無事に送り届けた深見家でも、祥一郎は大歓迎された。
「ちょっと上がってビールでも飲んでいかないか、と言いたいところだが、明日があるからな、残念だ」
 そう吉彦が言うと、階段を戦車のような音をさせて駆け下りてきた弘樹も声を合わせた。
「よっ、未来のお義兄さん! 元気?」
「がんばってるよー。 弘ちゃんも十年経てば、この苦労がわかるよ」
 笑ってそう言いながら、祥一郎は母親に託された包みを、にこにこ出迎えた晴子に渡した。
「おいしい梅干をありがとうございました。 これ、つまらない物ですが、うちの母から」
「まあまあ、かえって気を遣わせちゃって」
 恐縮しながら受け取った晴子に、祥一郎は裏事情をばらした。
「いや、梅干が立派だったもんで、母が負けん気を起こしちゃって、ご近所に配るはずだった角煮を、えい、持ってけって。 母の数少ない自慢料理の一つで」
「そんなことないわよ〜、美栄ちゃんはとても料理上手なの。 まあ嬉しいわ、豚の角煮大好きなの!」
 後ろから顔を出した加寿が、喜んで晴子の手から包みを取り上げた。










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