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羽衣の夢   161 やっと会う


 続く月曜と火曜は授業がすし詰めで、他のことをするゆとりがなかった。
 登志子には、忙しさがかえって救いだった。 定期試験の準備もあるし、いろいろやっていれば余計なことを考えずにすむ。
 しかし水曜日になって、授業の数がグッと減ると、また憂鬱がもどってきた。 父をあんなに心配させたのだから、何も知らない家族をこれ以上悩ますわけにはいかない。 そして、相談したい実の母、加納嘉子は、映画のロケで九州に出かけていた。


 昼前に大学から戻る道すがら、登志子は祥一郎のことを考えた。 実は、日曜のあのひび割れた昼下がり、婚約を鞍堂に告げた瞬間から、祥一郎の面影がずっと頭を離れなかった。
 会いたい! 全身でそう思った。 祥一郎に打ち明けられるわけではない。 だが、少しの間でも彼の傍にいられれば、それだけで落ち着けるはずだ。
 子供のときから、ずっとそうだった。
 電話ではよく話しているが、彼の工場がこのところ新製品開発で忙しく、残業続きだそうで、なかなか直〔じか〕に会うことができない。
 そうだ、彼が来られないなら、こっちから行こう!
 登志子は夢中になった。 それで後先も考えず、公衆電話に飛び込んだ。
 かけた先は、祥一郎の実家だった。
「登志子です、すみません御飯時に。 どうしても祥一郎さんに会いたいんですが、今日は会社からそちらへ帰ってくるでしょうか?」
 向こうの電話口で、祥一郎の父が喜んでガラガラ声を出した。
「帰ってくるよ〜。 九時頃になるかもなんて言ってたが。 お宅へ行かせるかね?」
「いいえ! 私が伺います。 いいですか?」
「いいも何も。 あいつがどんなに喜ぶか! いつでも遠慮なく来てくれていいんだよ」
「ありがとうございます」
 温かい気持ちで受話器を置くと、登志子は底冷えのする街に出て、居並ぶ商店のショーウィンドウを次々と眺めていった。 新しいスカーフを一枚買いたい。 久しぶりに会う恋人に、素敵だと思ってほしがった。


 家に戻って、親にも許可を取った。 内輪とはいえ正式に婚約しているし、登志子と祥一郎の二人とも堅いことでは定評があるので、誰も心配しなかった。
「遅くなりそうだから、祥一郎ちゃんが送ってくれるでしょうけど、帰り道は気をつけてね」
「はい。 話がすんだらすぐ帰ってくるわ」
「ずいぶん会えなかったものねぇ。 三週間?」
「二週間と五日」
 登志子はすぐ答え、みんなと夕食を取ってから、念入りに支度して家を出た。


 街灯の照らす細い小路をたどって、中倉家の近くまで来たのが、八時四十分だった。
 まだ祥一ちゃんは帰ってきてないかな、と思いながら角を曲がったとたん、木の門の前に立っていた人影が、ぱっと振り向いた。
 祥一郎だった。 待っていたのだ。 二人の顔が同時にほころび、共に走り出して、飛びつくように抱き合った。







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