表紙

羽衣の夢   156 大物だった


 登志子は無意識に、頭を強く振っていた。
 ありえない。 深見の父は働き者で同期の出世頭だが、世間的な権力とはあまり縁がない。 母も普通の下町娘だし、実母は元華族とはいえ、実業界に影響力があるとは考えにくい。
 そうやって頭の中で一人ずつ消していって、登志子は愕然とした。 あと一人、残っている。 今も生きているとしか知らされていない、登志子の実父が。


「鞍堂さんは、私の実の父をご存知なんですか?」
 鞍堂の口が、驚きに開いた。
「頭がいいとは聞いてたが……すごいな、すぐそこに行くなんて」
 やっぱり! 登志子は珍しく、我を忘れた。 鞍堂のプルオーバーの袖を掴んで、激しく問いかけた。
「その人は、どこにいるんですか? あなたとは、どういう関係?」
 彼は腕を引っ張られて小さく揺れるまま、低いが決然とした声で答えた。
「今日は、それを話そうと思って呼んだんだ。 せめてもの罪ほろぼしにね」
 登志子は鞍堂から手を離し、激しく動悸を打つ胸を押さえた。 もう永久にわからないものと諦めていただけに、衝撃が大きすぎた。


 二人はどちらからともなく、また歩き出した。 もう、じっとしていられない気分だった。
「その男は、仮に鈴木としておくが、外地から引き揚げてきて大学に戻って、卒業後にうちの販売店の店長になった。
 おそろしく有能で、人望もあってね、売上が上がってどんどん出世した。 父は彼のことを、『人たらし』と呼んでいたよ。 ちょっと品のない言い方だが、磁石みたいに人を引き付けるんだ」
 ちらっと登志子を振り返って、鞍堂は付け加えた。
「君にそっくりだね」
「いいえ」
 登志子は固い声で答えた。 それを聞いて、鞍堂は喉の奥で笑った。
「意地にならないで。 鈴木は大成功したんだから。 それでもまだ道半ばだ。 彼の実力と魅力に、うちの後押しが加われば、将来は日本のトップだって夢じゃない」
 登志子は手を握りしめた。 手のひらが湿って熱くなっていた。
「だから、スキャンダルにならないように……?」
「選挙前の一番大事な時期だったから」
 登志子の足が止まった。 二歩進んだところで気づいた鞍堂も、すぐ立ち止まって戻ってきた。
「待ってくれ。 鈴木が僕に頼んだんじゃないよ。 あくまでも独断でやったんだ。 自分のためだけにね。
 そもそも鈴木は、君が生きていることを知らないんだ」







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