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羽衣の夢
152 実母へ直接
次の朝目覚めた登志子は、朝日が斜めに白い影を作る天井を、夢とうつつが交じり合ったうっとりした気持ちで、しばらく見つめていた。
これまでになく、心が穏やかだった。 そして、温かかった。
思えば、子供のときからいつも、胸の奥に祥一郎が静かにたたずんでいたような気がする。 だが一昨日まで、その姿は輪郭がはっきりしなかった。 今、天井で柔らかく輝いている陽光のように。
怖かったのだ、と、ようやく自分に認めることができた。 祥一郎は、まだ半ズボンをはいているころから、特別な少年だった。 いたって普通の家に育ちながら、天性そなわった力と奥深さがあった。 いわゆる、人としての器量が大きいのだ。 そんな彼に自分がふさわしいのか、登志子はなかなか確信が持てないでいた。
なまじっか自らの姿が目立つだけに、余計そう思った。 表面の魅力に、人はまどわされやすい。 綺麗だからあこがれたと、自慢ではないが相当多くの男子に言われた。 でも私に、看板にふさわしい中身はあるのだろうか。
私は、祥一ちゃんを捕らえていつまでも離さないですむほどの魅力を持っているか?
その不安は、今でもあった。 だが、もう決断した。 未来を怖がって、今の幸福から顔を背けるのは臆病者だ。 彼をできるかぎり幸せにして、私も幸せになろう。 もう、すごく幸せだけど。
登志子は目を閉じ、ぐーんと両腕を伸ばした。 迷いを踏み越えた後のさわやかな喜びに、体中が満たされていた。
その瞬間、強い願いが心を駈け抜けた。
おかあさんと話したい!
いつもそう呼ぶのは晴子ひとりだったが、初めて実の母を、その名で思った。
加納嘉子とは、何度か手紙のやりとりをしていた。 ファンの一人を装ってではあるが、嘉子はいつも必ず、受け取ってすぐに、気持ちのこもった返事を送ってよこした。
だが今度は、じかに声を聞きたかった。 時差のある手紙ではなく。
その日、大学の授業を終えた後、登志子は電話帳で嘉子のマネージャーである檜山〔ひやま〕の番号を調べた。 わりと珍しい名前なので、すぐ見つかった。
仕事が不規則だから、いつ家にいるのか分からない。 夜の七時過ぎにかけてみたが、案の定留守番電話になっていた。
しかし、三十分もしないうちに、向こうから掛けてくれた。 母たちと食事の支度をしていた登志子は、急いで手を拭きながら、電話に急いだ。
「深見登志子です。 すみません不意に電話して」
電話の向こうで、檜山が早口で答えた。
「いえいえ、何か急なことでも?」
「あの、はい。 できたら加納さんとお話できたらと。 もちろん電話でかまわないんですが」
「そうですか。 ちょっと待ってください。 すぐ当人が掛けますから、そちらの番号お願いします」
登志子が教えると、いったん電話が切れた。
取り次いだ滋が、いつになく緊張した様子の登志子を見て、そっと尋ねた。
「加納さんて、友達?」
登志子は、はっとなった。 まだ弟たちには、生まれのことは話していない。 吉彦は流れにまかせようと考えていて、別に一生言わなくてもかまわないんじゃないかという姿勢だった。
だから登志子は呼吸を整え、穏やかに応じた。
「ええ、とても大事なお友達」
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