表紙

羽衣の夢   151 本決まりに


 後は説明する必要もないほど、順調に運んだ。
 吉彦のいる茶の間に入った祥一郎は、珍しく言葉がうまく出てこないほど緊張していて、許可を得るはずの相手から助け舟を出される始末だった。
 しかし、それが初々しいと好感が増し、半時間後にはビールで乾杯していた。 やがて帰ってきた弘樹も喜びの輪に加わり、未成年たちはジュースで祝杯をあげた。
 できれば婚約という形にしたいんです、と、祥一郎は申し出た。 まだ登志子ちゃんは十九歳ですが、もう大人として扱われる大学生だし、いいかげんな気持ちで付き合うのではないので、と、彼は言った。
 吉彦は真顔で、娘と恋人を見比べてから、登志子に柔らかな口調で尋ねた。
「登志子もそうしたいかい?」
 まっすぐに父を見詰める大きな瞳に、迷いはなかった。
「はい、お父さん」
 次いで吉彦は、横で微笑んでいる妻と義母と目を合わせた。 すると二人は、まるで事前に話し合ったように、同じタイミングで頷いた。
「これ以上ないお話だと思うわ」
「長いお付合いだものね。 お互いにじっくり考えて決めたんだから、早すぎることはないでしょう?」
 吉彦は一つ息をつき、複雑な笑みを浮かべた。
「わかった。 祥一郎くん、お宅のご両親にはもう話した?」
「いえ、まだです」
 嬉しくて胸の詰まった祥一郎は、上気した顔で早口に答えた。
「でも絶対喜びます。 結二は何て言うかな。 兄貴には無理じゃないかなんて最近言われてたから」
「弟って、そういうこと言うんだよね」
 弘樹が、いかにも悟ったように口を挟んだ。




 その夕方、祥一郎が帰宅して間もなく、彼の両親が電話をかけてきた。
 出たのがたまたま加寿だったので、話がどんどん弾んでしまった。
「夜に電話でごめんなさい。 あんまり嬉しかったもので、どうしても早くお礼が言いたくて」
「うちの倅〔せがれ〕を選んでくれて、こっちも鼻高々だよ、加寿さん」
「どういたしまして。 こちらこそあんなに出来た息子さんに申し込んでもらって、家中大喜びよ」
 それはお互いに社交辞令ではなかった。
 下町の人々は昔から、深見一家を仲間として扱っていた。 ただし最近では、登志子が鞍堂社長と噂になりかけたことなどで及び腰になり、彼女が手の届かないお嬢様になったのではないかという違和感が生まれていた。
 だが、そうではなかったのだ。 登志子は有名な金持ちより、幼なじみを好きになった。 すばらしい! 当事者の中倉家だけでなく、婚約を聞いた近所も盛り上がっているそうだった。
 すぐに吉彦と晴子も電話に加わり、まだ結納は早いにしても、せめてお祝いの食事会を開こうということになった。




 こうして翌週の日曜日、深見家が総出で中倉家に行き、二間続きの和室に座卓を並べて、宴会は大いに盛り上がった。
 登志子はしばらくぶりとは思えないほど、アッという間に雰囲気に溶け込んで、あちこちで人の輪に囲まれていた。 一方、町のれっきとした住民であり、この家の長男の祥一郎のほうは、途中から次々に割り込みをかけてきた友達の祝福と、ちょっとした焼餅にもみくちゃにされた。
 彼をうらやましがっている男子は多かった。 だが、彼なら登志子にふさわしいと皆わかっていて、本気で妬んでいる者はなく、雰囲気を壊す騒ぎも起こさなかった。








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