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羽衣の夢   150 一家の喜び


 それから二人は、初めの約束通り、幟〔のぼり〕をはためかせた深大寺そば店に入った。
 だが、せっかくの名物なのに、どちらもろくに味がわからなかった。 二人とも気持ちが高まっていた上、ふわふわと落ち着きをなくしていた。


 食べ終わってから、もう少し近くを回り、お土産を買った後、表通りに出た二人は、バス停留所で待っている数人の人々を見つけた。
 彼らのほうも二人を見た。 注目しているようだ。 近づいていくのが気詰まりになって、登志子は足を止めた。
 すると、まるで待っていたように、祥一郎が身を屈めて耳元で囁いた。
「疲れてなかったら、駅まで歩いていこうか?」
 そうしたい! 登志子は笑顔になって、彼を見上げた。


 相当歩き回った後だが、二人は若いし運動大好きコンビで、足が丈夫だった。 のんびりと手を繋ぎ、道筋の店や建物を気軽に眺めながら駅に向かう半時間ほどの道は、秋なのにまるで春のような輝きと明るさで、いつまでも記憶に残った。
 そして駅に着くと、祥一郎は自然に登志子と同じ電車に乗った。 恋人になった人を初めて家まで送っていき、交際の許可を保護者に貰う。 それは祥一郎が長年夢見た、かけがえのない瞬間だった。


 その夢は、これ以上ないほど叶えられた。 なぜなら、登志子の家族のほうも、できれば祥一郎を一人娘の婿に迎えたいと、全員が望んでいたからだ。
 若い二人が肩を寄せ合って緩い坂道を登ってくる姿を最初に見つけたのは、庭で栗の実を落としていた末っ子の友也だった。 下枝にまたがっていた彼は、毬栗〔いがぐり〕の入った籠が落ちるのも構わず、太い枝の上に立ち上がって、大きく手を振った。
「お姉ちゃ〜ん、祥ちゃん、おかえり〜〜!」
「ただいま〜」
 登志子も大きく手を掲げて振り返した。 祥一郎が笑顔で呼びかけた。
「栗を採ってるのかい〜?」
「そう〜。 今年は早いんだ」
 そう叫び返しながら、友也はするすると樹を滑り降り、姉たちが帰ってきたと皆に告げに行った。


 というわけで、登志子たちが門にたどり着いたときには、大人たちだけでなく友也と滋も、期待にわくわくして待ち構えていた。 弘樹は友達とサッカーに出かけていて、彼だけが留守だった。
 ただし、玄関で迎えたのは、行きと同じ晴子一人だった。 大げさに騒がず、自然体で、と申し合わせたためだが、晴子があまり嬉しそうなので、帰ってきた二人にも事情はすぐわかった。
「おかえりなさい。 あら、祥一郎ちゃんも一緒?」
「はい、ちょっとお邪魔させてもらって、いいですか?」
 いくらか緊張した声で祥一郎が挨拶すると、晴子はすぐ道を開け、珍しく上ずった調子で答えた。
「どうぞお入りなさいな。 祥一郎ちゃんならいつでも大歓迎よ」








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