表紙

羽衣の夢   148 互いの想い


 登志子の胸に大波が走った。
 正直言って、予測していた言葉だった。 そして、いつもと違う自分の態度が、彼の申し出を引き出したのだということも、わかっていた。
 これで、よかったんだろうか。
 揺れる心の奥を瞬間的に探った。
 かすかな不安は、未だに残っていた。 だが、それよりずっと大きい安心感と、じわじわ全身に広がっていく熱があった。
 私は、告白されて幸せだ。 やっと人並みになれたんだ──喜びと驚きが入り混じり、登志子は涙ぐみそうになってまばたきしながら、すぐ横の祥一郎に向き直った。
 判断の時間は、ほんの一瞬だった。 それでも彼は待ちきれなかった。 登志子が口を開くより前に、がっしりした手が肩をつかみ、激情にかすれた声が耳を激しく打った。
「もう嫌なんだ、宙ぶらりんは! 言っちゃったらお終いかもしれないと思って我慢してたが、もうとっくに限界だ!」
 そのまま、しゃにむに抱きしめられた。


 あまり強く引き寄せられたので、骨がきしんで音を立てた。 細身ながら鍛えている登志子でなければ、悲鳴を上げていたかもしれない。
 胸を圧迫されて息が苦しい。 押し離すべきだと思ったが、登志子はそうしなかった。 自ら言ったように、祥一郎は限界を越えたのだ。 強くて並外れた忍耐力のある彼が、ここまで逆上するのは余程のことだ。 いつもの判断力が戻ってくるまで、じっとしているほうがいいと思った。


 やがて祥一郎は頭をがくりと落とし、登志子の肩に額を押しつけた。
 数秒間そのままでいて、ゆっくり上げた顔は虚ろだった。 低い声が呟いた。
「ごめん」
 腕がゆるんで、登志子から離れそうになった。 その腕を、彼女が掴んで引き止めた。
「なんで謝るの?」
 そして、右腕に巻きつくようにして胸に抱いた。
「ありがとう、私を選んでくれて」
 祥一郎は動かなくなった。 しばらくそのままで、短く息をついていた。
 それから、のろのろと左手を上げ、登志子の頬に当てた。 反応を確かめるかのように。
「それって、付き合ってもいいってこと?」
 頬に触れた大きな手は、指先が冷たく、手のひらは燃えるように熱かった。 その手に彼の情熱と不安が同時に表れているのが感じられて、登志子は強く心を揺さぶられた。
「まだ半人前の学生だけど、よろしくお願いします」
「本気で?」
 まだ疑っている。 登志子は思い切って、頬を包んでいる彼の手を取り、唇に持っていった。 ハッと息を呑む音が聞こえた。
「祥一ちゃんは昔から特別だったから」
 その通りだった。 いつも登志子は、家族以外には祥一郎しか頼らなかった。 もちろん彼が頭抜けてしっかりしていたというのはある。 だが、それだけではなかった。 下町の小路で初めて目を合わせ、強い光で睨まれたとき、登志子は少年の力を賛美し、尊敬したのだった。
 祥一郎は口を一文字に結んで、登志子のつややかな顔をひたすら見つめた。 それから、緊張でかすれた声のまま、囁くように言った。
「登志ちゃんこそ特別だった」
 そして、体を倒すと、驚くほど優しく唇を重ねた。








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