表紙

羽衣の夢   147 隠さぬ本心


 なんとなく、登志子はいらいらしてきた。 せっかく久しぶりで顔を合わせたのに、なんでここにいない人の話ばかりしなくてはならないんだろう。
「どうして騒がれるのかわからないの。 全部で三回しか会ったことのない人なのに」
 三回? と問い返して、祥一郎の表情が曇った。
「二回じゃないのか?」
「おとといに、ちょっと話した。 雑誌に載って申し訳なかったって、とても困ってたわ」
「わざわざ謝りに?」
 その言い方が、祥一郎にはふさわしくないように思えた。 登志子は大きな瞳を彼に据えて、はっきり言った。
「コーヒーを一杯ごちそうになっただけよ。 鞍堂さんは学生にちょっかい出すような人じゃないわ」
「どうしてわかる?」
 珍しく反論された。 祥一郎がまったく鞍堂晋〔すすむ〕という男を信じていないのを、登志子ははっきり感じ取った。
「わかる、と言い切るほど自分の判断力に自信持ってるわけじゃない。 でも鞍堂さんは目が違うの。 私に親しみを感じてるとすれば、きっと妹みたいに思ってるんだわ」
 改めて口に出して話してみて、登志子は鞍堂の反応を見間違えていないと確信を持ちはじめた。
「慎重で考え深い人よ。 祥一ちゃんも会えばわかると思う。 浮気するなら人に見つからないようにするだろうし、結婚相手なら私より上を狙うでしょう」
 この冷静な分析を聞いた祥一郎は、両手を組んで頭の後ろに回し、苦笑しながらベンチの背もたれに寄りかかった。
「醒めてるなぁ、登志子ちゃんは。 まるで昆虫を観察してるみたいだ」
 そんなに冷たく聞こえた?──登志子は内心あせった。
「偉そうに分析する気なかったんだけど」
「いいんだよ、ちょっとくらい生意気でも。 学生の特権じゃないか」
 祥一郎は卒業生らしい上から目線で偉そうに答え、ちらっと登志子に笑顔を向けた。
「でも、もし鞍堂社長に交際申し込まれたら、どうする?」
 ほとんど反射的に、登志子は答えを返した。
「そんなことはないけど、あったら断る」
 祥一郎の笑顔が消えた。 腹筋に力を入れて背中を起こすと、彼は短く訊いた。
「なぜ?」
 答える前に、登志子は息を吸った。
「私の知ってる結婚は、お父さんとお母さんなの。 なにげなく暮らしてるし、べたべたもしないんだけど、今でも見つめあってることがある。 お母さんマッサージうまくて、よくお祖母ちゃんの肩や腰をもんでて、お父さんの脚ももむことがある。 そうするとお父さんがお母さんの肩をもみ返すの。 すごく幸せそうでね」
 祥一郎はうつむき、靴に載った雑草の穂を払い落とした。
「登志子ちゃんの理想は、吉彦さんか」
「お父さんはお母さんのものよ。 逆もそう」
 登志子はクスッと笑った。
「私は私だけの人がほしい。 前はみんなと仲良くできればそれでよかったけど、最近そう思うようになったの。 お祖母ちゃんに言わせると、やっと大人になりかけてるのかなって」
 とたんに祥一郎の顎に力が入った。 目が怖いほど光った。
「じゃ、付き合わないか? まだペーペーだが、体は丈夫だし根性もあるよ」








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