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羽衣の夢   146 不安と疑問


 祥一郎は、ゆっくりと両腕を垂らして、近づいてくる登志子を眺めた。 目が柔らかくうるみ、唇がわずかに開いた。
 彼がすぐ見つかったのでホッとして、登志子は笑顔になって足を速めた。
「お待たせ〜」
 ぼうっと見つめつづけていた祥一郎は、我に返ってさりげない表情をつくろった。
「君は時間ぴったり」
 微笑みあってすぐ肩を並べ、外へ続く階段を下りていった。 去年の夏休みにしばらく共に過ごした体験のおかげで、二人の呼吸はよく合っていた。


 バスの便はよく、休日で本数が減っていても、すぐ乗れた。 駅を出て角を曲がると、すぐ木立が左側に広がり、緑の多い町という印象だった。
 十五分足らずで、車は静かな境内前に停まった。 まず登志子が軽やかな足取りで降り、すぐ後ろから祥一郎が、トレンチコートを翻して降車した。 背が高く、肩幅のしっかりした祥一郎には、からし色のコートがよく似合った。
 表口からはこじんまりと見えたが、小道を歩いていくと中の敷地は広かった。 落ち着いたたたずまいで、俗化されていない。 足が丈夫な二人は、しばらくそぞろ歩いて、寺院と緑したたる風景を楽しんだ。
 一時間近く歩き回り、建物や景色を背景に写真を撮った後、二人は近くにあったベンチで少し休むことにした。
 すると、それまでなごやかだったのに、腰を落ち着けたとたん、奇妙な緊張が襲ってきた。 祥一郎が不意に口数を減らし、登志子の言葉に二度ほど生返事したあげく、黙ってしまったからだ。
 そのせいで、登志子も珍しく緊張した。 膝に載せたバッグを意味もなく開いて、中をあらためたりしていると、ようやく祥一郎が重い口を開いた。
「メイセイの跡継ぎと、仲いいの?」


 そのものずばりの質問だった。 祥一郎は、回りくどい言い方をして、人の腹を探るような戦略家ではない。
 ゴシップ雑誌の記事を読んだか、噂を聞いたのだろう、と登志子は悟った。 下町の仲間から伝わったのかもしれない。
「冬にスケート場で、たまたま逢った人よ。 きょうだいで遊びに行ったときに。 待ち合わせの相手が来なくて、寂しそうにしてたから、みんなで一緒にすべったの」
「その後は?」
「後? それっきりよ。 この間、浜辺で助けてくれるまで。 私のこと、よく覚えていたなぁと思ったもの」
 祥一郎の膝から、少し力が抜けた。
「君なら、一度逢ったら覚えてるよ。 君のほうは、すぐ思い出した?」
 ちょっと探るような訊き方だった。 それで、誤解のないように、登志子は詳しく説明することにした。
「覚えていたけど、それはスケート場で鞍堂〔あんどう〕っていう名前を聞いたから。 うちに帰って話したら、父が知ってたの。 ふつうの人に見えたかもしれないが、それは巨大企業の創業者一族じゃないかって」
「ごくふつうに見えたの?」
 思い出してみて、登志子はうなずいた。
「サラリーマンだと思った。 服装だって周りに溶け込んでいて、ぜんぜん目立たなかったし、いばったところもなかったし」
「そうか」
 祥一郎の声が、また重くなった。
「感じよかったんだね?」









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