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羽衣の夢
144 社長の陰り
口元に笑いを残したまま、鞍堂は少しの間目を伏せてカップを掻き混ぜていた。
それから、さっと視線を上げ、登志子を凝視した。 今までにない複雑な視線だった。
「君は兄弟と仲がいいね」
急に話題が変わったので、登志子はきょとんとした。
「え? はい、いつもワーワーやってます」
「兄弟ってどんなものだろうかと、時々思うよ」
そういえば、お父さんが鞍堂さんを一人っ子だと言っていた──鞍堂の顔に浮かぶ陰りは、由緒ある家名を自分だけで背負わなければならない重さからだろうか、と、登志子はいぶかった。
「僕は四歳のときに母を亡くして、八歳まで伯父に育てられた。 伯父は独身だったから、従兄弟はいない。 ずっと大人の中で育って、父に引き取られた後も弟や妹はできなかったんだ」
どう答えていいかわからず、登志子は無言でコーヒーを口にした。 あいまいに語っているが、登志子だってもう子供ではないから、鞍堂の言葉の意味はわかる。 彼は正式な息子ではなかったのだ。
登志子が返事に困っているのを見て、鞍堂は自嘲するように更に一押しした。
「学校で喧嘩すると、妾の子と言われたよ。 子供は遠慮しないから」
私も正式な結婚の子じゃない。
そう考えると、登志子は心苦しかった。 深見一家の人々が徹底的に守ってくれたから何のハンデもなく、並み以上に幸せに暮らしてこられた。
思い切って顔を上げて、登志子はまっすぐな瞳で鞍堂を見返した。
「お父様に言いました?」
鞍堂の頬が動いた。 意外な問いだったようだ。
「いや。 自分で処理した。 学校の裏庭で一対一で決闘して、二度と言わないと約束させた」
「先生に見つからずに?」
「そこはうまくやったさ。 相手の子も黙ってた。 告げ口なんてしたら、男じゃないって除け者にされるからな」
「かっこいいですね」
鞍堂は目を見開いて、二秒ほど瞬きを忘れて登志子を見つめた。
それから笑い出した。 小声だったが、いかにも楽しそうに。
「かっこいいか。 君って優等生かと思ってたが、意外とさばけてるんだな」
「弟が三人ですから」
「そうか〜」
くつろいだ彼が、話しつづけようと口を開いたとき、どこからか小さなピーという音が聞こえた。
鞍堂は顔をしかめて袖口をまくり、立派な腕時計をちらっと眺めた。 上等な時計には、タイマーがついているらしかった。
「まったく。 もう時間なのか」
それから登志子に目を向けて、親しみの篭もった笑顔になった。
「今日は来てくれて、ありがとう。 ほんとに楽しかったよ」
「こちらこそ。 コーヒーごちそうさまでした」
登志子も心から微笑み返した。
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