表紙

羽衣の夢   142 人目に立つ


 運の悪いことに、登志子の写真を撮ったカメラマンはフリーで、三社ほどの雑誌社を回っている最中に、ほんの軽い気持ちで美少女のスナップ写真をスタッフに見せた。
 その中の一人が、たまたま八月に、保田近くの海に行っていた。 そして、エリート青年社長が清楚な水着姿の彼女を救いに飛び出したことを思い出した。


 やがて出た記事は、そう大きくはなかった。 他の取材が一つポシャった穴埋めで、真夏の小さなロマンス程度の軽い扱いだった。
 だが、相手が巨大企業の跡継ぎとなると、回りの注目度が違う。 しかも登志子は、いわゆるお家柄ではないかもしれないが、ずっと一流私立校で一貫教育を受けたお嬢様とみなされて、もしかすると花嫁候補の本命かもしれないと考えた連中がいた。
 そのため、週刊誌が発売された日に、午後からの授業に出ようとしてキャンパスを横切っているとき、いきなり三人一組の取材者に前を塞がれ、早口で質問されることになった。
 共に歩いていた友人の一人は、びっくりして先に行ってしまった。 もう一人の女子は踏みとどまり、登志子を守ろうと傍に寄り添った。
 登志子も初めは驚いた。 こんなに無遠慮に迫られたのは経験にない。 以前タレントにスカウトされそうになったときも、もう少し礼儀正しかった。
 それでも持ち前の落ち着きで、登志子はさらりと受け流した。
「ちょっと聞かせてください。 メイセイ電機機器の社長、知ってますよね? 鞍堂晋〔あんどう すすむ〕社長」
「はい、苗字だけは」
 事実だった。 ススムという名前だとは、まったく知らなかった。
 いかにも勝気そうな女性記者は、鼻を鳴らしそうな表情を見せて矢継ぎ早に質問を続けた。
「千葉の海で秘密デートですか? あそこで待ち合わせ?」
 登志子はきょとんとして、いきり立っている記者を眺めた。
「いいえ、うちは一家そろって海水浴に行きました。 磯で足を挟んだときも、すぐ父が来てくれましたし」
「あの後、鞍堂一族の豪華クルーザーでパーティーやったそうですが」
「そうなんですか? 知りませんでした」
 手ごたえがない。 記者はいらいらし始めた。
「でも社長と顔見知りなんですよね? それは確かでしょ?」
「ああ、前に通りがかりで、弟がスケートを教えてもらったんです」
 一瞬、間が空いた。 なんじゃそれは、という記者たちの白けた顔を見て、登志子は内心覚悟した。 思うような『真相』が聞き出せない場合、この人たちは勝手に話を盛り上げてしまいそうだ。
 ちょうどそのとき、講義開始の鐘が鳴った。 横で不機嫌になっていた友達の椿沢が、一本調子に宣言した。
「授業に遅れますから。 さあ行こう、深見さん」
 パッと腕を組んで小走りに建物へ入っていく娘二人を、取材班はつまらなそうに見送った。







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