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羽衣の夢
141 運動会の日
郁美の話から、登志子や晴子たちも隣の県の選挙に興味を持った。 それで、翌日の新聞記事に目を通し、テレビのニュースにも聞き入った。
当時の投票時間は午後六時までで、開票は順調に進み、九時過ぎに当確が出た。 当選したのは、進民党推薦の遠ノ沢〔とおのざわ〕としひろという、四三歳の元横浜市議会議員だった。
きりっと眼鏡をかけた写真を眺めて、加寿が感心した。
「なかなかいい男っぷりだねぇ。 それに仕事もできそう」
「知事にしては年齢が若いわね」
そう晴子が言うと、日曜日の夕食後でくつろいでいた吉彦が、改めて新聞に載った小さめの候補紹介記事を読み直した。
「T大社会学科卒、貝村製作所営業部長から政治家に転身、か」
一同が顔を上げると、再びテレビ画面に当選者の顔が大きく映し出された。
「ほんとにハンサムだ」
友也が卓袱台〔ちゃぶだい〕に体を乗り出すようにして、七三分けにした新しい知事の顔を見つめた。 するとそれまで興味を持たなかった弘樹も、目を細めるようにして観察した後、一言だけ感想を述べた。
「なんか、見た気がする」
「え? この人を? どこで?」
友也が驚くと、壁際の本棚へ膝でにじり寄って科学雑誌を出そうとしていた滋が、振り返って言った。
「横浜に住んでる人だよ。 他人の空似だろ?」
「そうかな」
弘樹はあっさり引き下がり、食卓の上に残っていたデザートの塩せんべいを一枚取ると、丈夫な歯でバリッとかじった。
次の日曜日は、友也の通う小学校の運動会だった。 子供全部が系列校にいる深見家は、いつものように一家揃って末っ子のがんばりを見に行った。
その日はよく晴れて心地よい秋風が吹き、運動会は大いに盛り上がった。 そして親たちの借り物競争が午後に行なわれたとき、思いがけないことが起きた。
箱から紙を引いた若い夫婦カップルが、家族席のほうへ駈けて来て、早口で叫びはじめた。
「全校のマドンナはいらっしゃいますか? 深見登志子さんは、どこ?」
いきなり名前を呼ばれた登志子は、びっくりして目を上げた。 とたんに反応の早い弘樹に手を掴まれ、ワッと引っ張り上げられた。
「お姉ちゃんが借り物だよ! さあ行って!」
よくわからないうちに押し出された登志子を見て、津波のような拍手と激励の声が広がった。 しかたなく、登志子は笑いながら夫婦カップルと手を繋ぎ、ゴールまで軽やかに走った。
プリーツスカートとチェックのカーディガンという普通の格好だったのに、運動場を風のように横切っていく登志子の姿は、爽やかで印象的だった。 たまたま運動会に来た父母の一人がカメラマンで、明らかに特別な人気者だった登志子を、何枚もスナップ写真に捉えた。
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