表紙

羽衣の夢   140 秋になると


 深見家は再び落ち着いて、忙しくも幸せな日々を送っていた。
 上の三人が丁度三歳違いのため、大学、高校、中学、そして小学校と、四人姉弟は見事に分布した。 登志子は真面目ですべての学科に優秀な成績を収める万能選手。 長男の弘樹は得意な科目にのめりこむタイプで、語学はたまに落第寸前になったりしたが、まったく気にしていなかった。
 そして滋は理科と社会に天才的なひらめきを見せ、残りもそこそこいい点を取った。 ダークホースは末っ子の友也で、おっとりしていてあまり努力しているように見えないのに、何をやっても上手だった。
 それはたぶん、上の子たちのおかげだろうと、吉彦と晴子は思っていた。 兄弟が多いと、年上をまねて自然に学ぶことも多い。 特に、忍耐強く気分にむらのない登志子の力が大きいにちがいない。 次に滋だ。 彼は考え深く、親たちが既に頼りにするほどだった。
 でも弘樹だって、別の意味で役に立った。 遊びのリーダーとしては一番だ。 それに、派手に見えるわりには弱い者に大変優しい。 だから人望があって、友達の数が登志子にひけをとらないほど多かった。


 父の吉彦は、仕事での会食と、たまの友達付き合い以外は、必ずまっすぐ帰ってきた。 一人っ子で育った彼だが、賑やかな家族に囲まれる生活がよほど性に合ったらしい。
 晴子と加寿も子供好きなので、広い茶の間はいつでも人で一杯だった。 子供たちの友達がやってきて、子供部屋に入るより茶の間で遊んでいたりする。 普通の礼儀を守れる子なら、誰がひょっこり入ってきて家族に混じっていても、みんな気にしなかった。


 登志子の新しくできた友人の一人が、横浜に住んでいた。 椿沢郁美〔つばきさわ いくみ〕という、目のぱっちりした笑顔のかわいい娘で、アイドルっぽい雰囲気ながら実際は小型バイクで曲芸乗りができるという、なかなか勇ましい農芸化学専攻だった。
「うちは今時、横浜の郊外でキャベツ農家やってるのよ。 希少品種なの」
 当時はまだ花形でなかった農業学科で、品種改良に取り組みたいという郁美の、地に足のついた考え方に、登志子は共感していて、すぐ親友になった。
 だから学校帰りに連れてくることが何度かあり、その十月初めの金曜日にも、二人で語り合いながら玄関を入ってきた。
「おじゃまします」
 大きな明るい声の挨拶を聞いて、晴子が身軽に立ち上がり、迎えに出た。
「椿沢さん、いらっしゃい。 登志子おかえり」
「ただいま」
 椿沢家も大家族で、六人兄弟だという。 だから親しみやすく、二階へ上がらずに茶の間へ入った。
 郁美は、テレビでナツメロの番組を見ていた加寿にも無邪気な笑顔で挨拶した。
「こんにちは。 またおじゃまに来ました」
「ようこそ、二ヶ月ぶりね〜。 まだかっこよくバイク飛ばしてる?」
「はい、乗ってます。 バイトでお金貯めて、とうとう新しいの買ったんですよー」
「おめでとう。 怪我だけはしないでね」
「気をつけます」
 もうほぼ親戚扱いだ。 郁美は勧められた座椅子に座って、懐かしい歌謡曲を聞きつつ、自分たちの話も気軽に続けた。
「あ、この歌、お母さんが好きで」
「そう? 私も好き。 メロディがいいわよね」
と、加寿となごんで、晴子とも、
「歩行者天国でギター弾いたんですよ、仲間と。 そしたら、百円玉置いてく人がいてね」
「演奏がうまかったんだ」
「ええ、私以外は」
などと盛り上がった後、今度は登志子と道での話を続けた。
「さっきも言ったけど、今日は来させてもらえて特にありがたいの。 うちに帰ったら手伝わされるだけなんだもん。 汗くさいおじさん達がいっぱい群れて、口から泡飛ばして選挙の話ばっかり」
「椿沢さんのお家が、選挙事務所みたいになったんですって」
 登志子が母親たちに説明した。
「へえ、神奈川は今、議員選挙?」
「たしか知事選挙よね?」
 晴子が確かめると、郁美は口を尖らせるまねをしてうなずいた。
「はい、県知事と、議員の補欠選挙です。 前の知事さんが急に亡くなっちゃって」







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