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羽衣の夢
139 実父の血筋
そういう訳で、鞍堂〔あんどう〕元財閥の跡継ぎと登志子を結びつけて騒がれないように、深見一家は翌日、早々に海浜を後にした。 二日間全力で遊んだため疲れたのか、三兄弟は思ったほど文句を言わず、潮招き〔=カニ〕を見つけたとか、岩の陰でウニを踏んじゃったとか、帰りの電車で元気にはしゃいでいた。
八月のその後は、弘樹のボーイスカウト・キャンプや、友也がかかった三日ばしかなどがあって、結局一家で出かけることはなかった。
登志子も、今年の夏は友達と過ごす時間を多くすると決めていた。 付属高校からの持ち上がりなので、まだ一学期が終わったばかりでも友人が多い。 連れ立って映画や展覧会に出歩き、ジャズクラブのセッションにも顔を出した。 どこでも登志子が行くと、大歓迎してくれた。
本当にのんびりできて、楽しい夏休みだった。
だから二学期が始まったとき、むしろ登志子は寂しい気がした。 授業は結構面白いが、理科系の教室には知らない男子が多すぎる。 高校までと違って、みんなあまり話しかけてこないし、中にはプイと顔をそむける学生までいて、うちとけない雰囲気だった。
その分、登志子は部活に熱心になった。 選んだのは弓道部。 アーチェリーではなく、古来からの日本弓道だ。 男女の比率は半々で、ここではみんな気さくで練習は楽しかった。
教えてもらっているうち、登志子は自分の腕力が強いのに気がついた。 上腕三頭筋とやらが強靭なので、狙いを定めやすく、上達が早いと褒められた。
家に帰ってそのことを話すと、父は少し考えていたが、二日後、庭池の掃除を登志子が手伝っていると、洗った鹿おどしを嵌め直しながら、なにげなく言った。
「鈴木敏夫さんは、お父さんがイギリスの駐在武官だったらしいね。 ヨーロッパ人は筋力が強いというから、お祖父さんの血が伝わったのかもしれないな」
縁石の苔を落としていた登志子の手が、ぴたっと止まった。
「じゃ、鈴木はお母さんの苗字?」
「そうらしい。 元の名は敏夫・ウィリアム・シールズだそうだ」
実の父は、イギリス国籍か?
それとも日本に帰化したのか?
どちらにしても、戦時中の立場は微妙だっただろうと察せられた。 大戦中、英国は連合国側で、日本の敵国だった。
私は四分の一、外国人なのか──そう思うと、不思議な気がした。
新しく知ったその事実を、登志子は祥一郎への手紙に書いた。
祥一郎はすぐ返事を書いてきた。
『お父さんの友達の探偵さんが、まだ調査を続けていたんだね。
そう言われると、確かに登志子ちゃんは色白だ。 でも真っ直ぐな黒い髪や、きれいな眉は、日本人そのものだと思う』
きれいな眉…… その言葉を文面に見たとき、登志子の胸が波打つように揺らいだ。 初めての奇妙な感覚で、不安になって思わず椅子から立ち上がったほどだった。
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