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羽衣の夢   138 噂と危惧と


 翌日、肌が少し弱いので、日焼け止めを塗ってプールで泳いでいた晴子が、久しぶりで疲れた〜と言いながら上がり、ビーチチェアでのんびりしていた加寿の傍へ行った。
 吉彦もこっちにいたがったのだが、バレーボールをしたい息子たちにせがまれて、暑い砂浜に引っ張り出されていた。 スポーツに強い登志子も、もちろん連れて行かれた。 家族そろっても人数が足りないため、浜辺にいる屈強な男子を引き寄せるのに、彼女の魅力が必要だったのだ。
 それで加寿と晴子の親子は、プールサイドでくつろいで、たわいない話に花を咲かせていた。
 その最中、近くのテーブルにOLらしい若い女性グループが座り、四人で賑やかに情報交換しはじめた。 最初の話題が、昨日からクルーザーを近くに停泊させているという大企業家一族についてだった。
「ねえ見た? あっちの港にかっこいいクルーザーが来てるでしょう? あれメイセイ重工業の会長さんのなんだって」
 思わず晴子は話を止めて、聞き耳を立ててしまった。 横を見ると、加寿も同じ状態だった。
「ああ、一人息子がまだ若くて、花の独身っていう? テレビの『未来の星』に出てたよね〜」
「金持ちの跡継ぎにしたらまあまあの顔だし、落ち着いてて感じいいの。 本物もあんな風かな。 ねえ、ちょっと見に行ってみない?」
「見に行ってどうするの? 別に映画スターじゃないでしょ」
「いやさ、せっかく流行の水着、高いお金出して買ったんだから、運試しもいいんじゃない? 外国映画みたいに、浜辺でのロマンチックな出会い、とか」
「えー? メイセイの社長って由緒ある家系でしょ? 私達みたいな普通の事務員なんか、見向きもしないんじゃない?」
「何言ってるの。 夏だよ。 海なんだよ。 向こうだって羽伸ばしたいかもよ」
「それで遊び相手にされるの? いやだな、そんな一夏の情事みたいなの」
「玉の輿って可能性もあるし」
「ないない、絶対にない! やめよう、変な欲出すの」
「でもさ、その若社長、昨日ビーチで女の子と話してたのよ」
「ああ聞いた。 社長が自分から女子に話しかけるの初めて見たって、部下たちがここの下のバーで驚いてしゃべってたわよ」
「その子、綺麗だった?」
「まあまあ。 でも地味な水着着てた。 もっと垢抜けした人が、鞍堂社長には似合うのにね」
 無責任に語る隣の噂話を、晴子は落ち着かない気持ちで聞いた。 溶けかけた氷小豆を口に運びながら、加寿が囁いた。
「なに勘違いしてるのかしらね、あの子たち」
「海に来て、開放感で浮かれてるんでしょう」
「鞍堂さん、一人息子なのね。 あまり気軽に仲良くできる環境じゃないようだわね」
「大丈夫よ。 登志子のほうはあのOLさんたちが言っているような気持ちは全然ないから」
「わかってる。 ただ、相手のほうもないといいんだけどね」
 はっとして、晴子は口を閉じた。 わが娘といっても、登志子は実は大人気女優の子供だ。 生まれつきの美しさに加え、カリスマ的な魅力まで受け継いでいる。 それに鞍堂という若い社長の登志子に対する態度は、部下の注目を引くほど普段とは違っているらしい。
「明日は午前中で帰りましょうか? 登志子は有名人との交際なんて望んでいないんだから、ごたごたに巻き込まれたら大変だわ」
「そうね、吉彦さんに相談して、早めに帰ろう。 弘樹たちはがっかりするだろうけど」
「まだ夏休みは残ってるわ。 後半にどこかへ一緒に行けば、機嫌を直してくれるでしょう。 鞍堂さんに絶対逢わないところに行けば」
 そう言って、晴子は眉を上げて困った表情をしてみせた。







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