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羽衣の夢   137 様々な意見


 でも一応、吉彦は基本的なところだけ注意しておくことにした。
「悪気〔わるぎ〕のない人でよかったね。 ただ男は女性とはちょっと違い、衝動的になるときがあるんだ。 だからあの人を信じてもいいけど、逃げ場は作っておくこと。 いいね?」
「はい」
 登志子は真剣に聞いて、しっかりうなずいた。




 その夜、一家はホテルの食堂で大テーブルを囲み、楽しく食事を取った。
 そこで、父の口から鞍堂の話が出た。 三人の弟たちのうち、上と下の二人は、初め思い出せなかった。 半年も前に一度逢っただけの男性だったからだが、記憶力のいい滋だけはすぐ思い当たった。
「ああ、あの悲しそうな顔した男の人? ほら、友ちゃんにスケート教えてくれた人だよ」
 それで友也の記憶もよみがえった。
「ああ、みんなで写真撮ったよね? あの人、まだ持ってるかな」
「ポラロイドって早くていいけど、一枚しか撮れないから残念だよな」
 ずいぶん長くなった脚を組んで、弘樹が話に入ってきた。
「後で気がついたんだけど、もう一枚撮って、もらってくればよかったって思った」
「そんなの図々しいよ。 あのフィルムけっこう高いんだから」
「社長さんて金持ちなんだろ? もらってもよかったよな〜。 あのときは全然そう見えなかったけど。 普通のおじさんだったよ」
「だからおじさんじゃないって。 たしかまだ二十代じゃなかった?」
 弘樹と滋がいつものように賑やかに言い合っているのを尻目に、加寿がさりげなく吉彦に尋ねた。
「吉彦さんには、どんなふうに見えました?」
 吉彦は一瞬考えた。 鞍堂という男性は、真面目そのものに見えた。 そして、登志子を助けていたときの手つきには、本物の優しさが感じられた。
 それでいて、何か違和感があった。 ほんのわずかなものだが、レンズについた小さな曇りのように、吉彦の心を波立たせる何かだった。
「いい人だと思いますよ。 地位のわりに腰が低いし。 部下が来たときには、しっかり社長らしくなったけどね」
「冬にみんなで話してくれたわね。 でもそんな偉い人とは思わなかったでしょ? サラリーマンが友達と待ち合わせしてすっぽかされたって言ってたもの」
 さすが母親で、晴子は子供達に聞かされたことをしっかり覚えていた。
「あのときのすっぽかされた友達って、ガールフレンドかな」
 思春期の弘樹が知りたがるので、まだこれからの滋が潔癖に顔をしかめた。
「お兄ちゃんすぐ女の子の話にする」
「だってスケート場だぜ。 男同士では来ないんじゃない?」
「鞍堂さん、振られたの?」
 友也が高い声を出したため、登志子が袖を軽く引いた。
「あてずっぽうは駄目」
「なに、あてずっぽうって?」
「はっきりわからないことを言っちゃうこと」
「鞍堂さんって、振られるタイプじゃないと思う」
 不意に滋が言い出した。
「あの人なら、振るほうだよ」
「うわっ、生意気言っちゃって」
 さっきの仕返しに、弘樹が肩を突きながら言った。







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