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羽衣の夢   135 砂浜で再会


 反射神経がよくて助かった。 そのまま下までズブッと行っていたら、たぶん岩に爪先を取られて捻挫〔ねんざ〕していただろう。
 中途半端に挟まれた片足を浮かせたままで、登志子はつかまるところを探した。 だが磯の岩は小さくて、高さはせいぜい十五センチぐらいしかなかった。
 立ったままでは足首を動かせない。 かっこ悪いがドサッとお尻をついて、ゆっくり足を抜こうかと考えたそのとき、横から誰かが近づいてくる気配があって、空気の流れが起きた。
 そして、斜め横に男性がすばやく屈みこんだ。
「肩につかまって。 すぐ抜いてあげるから」
 そう言いながら見上げた顔を、登志子はすぐ思い出した。
「鞍堂〔あんどう〕さん?」
 いかにも真面目そうで、どこか哀しげな相手の顔が、さっとほころんだ。
「あれ、覚えていてくれた?」
「はい。 スケート場ではお世話になりました」
「あのときは一緒に遊んだだけだけど、今は世話してあげるよ」
 笑顔のまま、鞍堂は登志子の足首を持って下に手をすべらせ、隙間の形を確かめながら、すり傷をつけないよう上手に引き出してくれた。
 そっと彼の肩に手を置いて見守っていた登志子は、紐の切れかかったサンダルをいたわりながら砂の上に足を載せ、腫れも痛みもなかったのでホッとした。
「よかった〜。 ありがとうございました」
「どこも何ともない?」
 立ち上がりながら、鞍堂が訊き返していると、娘の様子に気づいた吉彦が、駆け足で飛んできた。
「登志子、どうした?」
「うっかりしてて、ここの岩の間に踏み込んじゃったの。 でも大丈夫、かすり傷だけだから。 鞍堂さんのおかげで」
 あんどうさん? と呟いて、吉彦は不審そうに横に立つすらりとした男を眺めた。 鞍堂は小さく一礼し、挨拶しようと口を開きかけた。
 そこへ二人の男たちが近づいてきて、一人が息せききって尋ねた。
「社長、どうされました? 急に走っていかれたので会長が心配されて」
「どうもしてないよ」
 少し不機嫌そうに、鞍堂は短く答え、登志子を振り向いて声を優しくした。
「じゃ、海水浴楽しんで」
「はい」
「失礼します」
 そう吉彦にも言い残すと、鞍堂は二人の青年を従え、焼けるような砂に白い革靴を半ばめりこませるようにして、歩き去っていった。 その背中に、吉彦が急いで呼びかけた。
「お世話になりました」




「社長だって?」
 吉彦はますます不思議そうだった。 父と並んで、浜に上がってきた河童三人組のような弟たちのほうへ行きながら、登志子は説明した。
「冬休みにあの子たちとスケートに行ったとき、逢った人なの。 気さくで、友くんにカーブの曲がり方を教えてくれた。 きっと友也も覚えてると思う」
「お母さんに話したかい?」
「ええ、帰ってすぐ。 あんどうって名前、ふつうは安全の安と草花の藤って書くでしょう? でもさっきの人は馬の鞍っていう字と、公会堂の堂という字なの。 珍しいから覚えてた」
 鞍堂、ともう一度呟いてから、吉彦はハッとした。
「それ、メイセイ重工業の社長一族じゃないか?」







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