表紙

羽衣の夢   134 再びの夏に


 登志子が順調に大学へ入ってからも、祥一郎との文通は続いた。
 間合いは長くなり、一ヶ月か一ヵ月半に一回ほどになったが、途絶えることはなかった。
 登志子は文中で、主に家族のことを書いた。 自分の生活には、あまり変化がなかったからだ。 相変わらず幅広く友達を増やしているものの、ずきっと来るような相手は出てこない。 むしろ勉強が楽しくなって、卒業後は会社に勤めるか、それとも研究者になるか、迷っていた。
 登志子が専攻を生化学に決めたとき、親たちは励ましてくれたが、学校では驚きの目で見られた。 まだ女子が理科系に進むのは珍しい時代だったのだ。
 その事実は、教養学部の間はあまり意識しないですんだ。 ただ、専攻科目の教室に行くと、ずらっと並んだ男子の間に、ゴマをふりかけたように数人の女子、という並びで、目立つことこの上なかった。


 その様子を、登志子はユーモアを交えて手紙に書いた。
 すると、祥一郎も大学時代の思い出を書いてよこした。
『僕達の電気概論のクラスにも女子学生は二人しかいなくて、一人が休むともう一人はヤケになって、わざと一番前の席を取って威張ってた。 同窓会で会ったら、男たちの無言の圧力が凄くて、教授の傍に逃げてたんだと言ってたけど、でも僕達には堂々として見えた』
 結局その彼女は、同級生と婚約したという。 一緒に学んでいる間は緊張感があっても、卒業すれば話が合って、親しみが生まれるのかもしれない。


 やがて夏が近づいてくると、弟たちはまた海に行きたいと言い出した。 去年の夏、しまいには退屈していたのを忘れて、楽しかったことだけ覚えているらしい。
 父も今年は気持ちの余裕があった。
「よし、今度は何も心配せずに騒げるな。 四日間は休み取れると思うから、みんなで行くか」
 やったー! と三人ははしゃいだ。 弘樹は、これまで船に乗ったことがないからぜひ、と父に頼んだ。
「外国行きの豪華クルーズ、なんていうの憧れだけど、無理だよね?」
「無理」
 あっさり却下されても、弘樹はひるまない。 ぐっと規模を小さくして頼んだ。
「じゃ、せめてフェリーに乗ってみたいな。 けっこう大きな船でかっこいいんだって、山路が言ってたよ」
「フェリーね。 じゃ、また千葉へ行きましょうか?」
という晴子の後押しがあり、吉彦は調べてみると約束した。


 かくして八月の初め、一家は東京湾フェリーに乗り、浦賀水道を渡って浜金谷〔はまかなや〕に到着した。
 泊まるのは、保田〔ほた〕にあるリゾート・ホテルだった。 海はきれいだし、ホテルにはプールもあるし、滞在期間が三日間でも去年より豪華な雰囲気を味わえる。 晴子と加寿は食堂のテラスに陣取り、ハワイアン・パフェとバンド演奏を楽しんだ。
 登志子は日焼け止めをしっかり塗って、浜に繰り出す父と弟についていった。 その午後は特に暑く、砂が焼けるように高温になっていたため、厚底のビーチサンダルを履いて、膝丈のビーチウェアをまとって歩いていったが、弟たちは全速力で走って海に飛び込んでしまい、後を追いかけていった父と登志子との間に、少し距離が開いた。
 快晴で、クラゲの警報も鳴らず、浜辺は人で一杯だった。 だから父たちを見失うまいと、登志子は彼らの後姿に目をすえて歩いた。
 その足元が、急に引っかかって動かなくなった。 驚いて下を見ると、砂の中にところどころ突き出した岩場の端で、隙間にサンダルがはまり込んで、足が斜めになっていた。







表紙 目次前頁次頁
背景:kigen

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送