表紙

羽衣の夢   133 正月に向け


 疲れても満足そうな祖母と並んで、帰りの電車に揺られながら、登志子は人の心の不思議について考えていた。
 『嫌い嫌いも好きのうち』ということわざが、ふと頭に浮かんだ。 素直に口に出せる恋もあれば、決して深められない想いもある。 三津子は本能的に、兄を遠ざける道を選んだ。 しっかりしているし、立派だと思う。
 いつも突っかかられる高雄は、陰に隠された事情を気づいているだろうか。 たぶん知らないんじゃないかと、登志子は推察した。 三津子に冷たくされると、たいてい困って、ふくれているからだ。 彼はきっと、妹に嫌われていると感じて寂しいのだろう。
「登志ちゃん」
 横で加寿が身動きし、耳元に声をかけた。 思いにふけっていた登志子は、はっとして顔をもたげた。
「なに?」
「今日は長々と付き合わせちゃったね。 疲れた?」
「ううん。 お祖母ちゃんこそ疲れなかった? 五時間も座ったきりで」
「いやもう話が弾んじゃって、疲れるどころじゃなかったわ。 お腹の皮がよじれるほど笑ったし。 それにね、松尾のお嫁さんが手先の器用な人で、おしゃれな箸袋の折り方教えてくれたのよ。 習って、持ってきたんだけど」
 そう言って、口金式のバッグの中から、先が扇型に美しく広がった長方形の袋を出して見せた。
「帰ったら忘れないうちにおさらいしなきゃ」
 細かく折った襞〔ひだ〕を少し伸ばしてみて、登志子は感心した。
「すごいね。 こういうのどうやったら思いつくのかしら。 お正月用に作ったら、みんな喜びそう」
「あ、それいい考えね。 登志ちゃんも手伝って。 晴子にも教えてあげよう」
 加寿は少女のように喜んだ。


 というわけで、次の日に登志子が文房具店に行って薄手の和紙を買ってきて、深見の女性たちはせっせと箸袋を折りはじめた。
 すると、冬休みで暇を持てあましていた友也が卓袱台〔ちゃぶだい〕に寄ってきて、一緒に作り出した。 弘樹は相変わらず、活発な友人たちと出かけているし、滋も学校友達と共同研究をしているとかで、その日は家にいなかった。
 やがて二色のぼかしを重ねた優雅な箸袋が、家族全員三が日分仕上がって、机の上に並んだ。
 友也もけっこう器用で、女性陣のと一緒にしても見分けがつかないほどだった。 褒められて喜んだ友也は、残った紙で更に何枚か作り、学校の担任(女性)にあげるんだと言って、部屋に持っていった。
 きちんと箸袋を束ねると、晴子は神棚の前に飾って、手を合わせた。 登志子もすぐに立って、加寿と共に頭を垂れた。 自分にこの家の娘としてのすばらしい人生を譲ってくれた人──真実を知ってから、登志子はそう信じ、一度も会うことのなかった赤子の『登志子』を、とても身近に感じるようになっていた。
 実際、少女の姿をした先代の登志子と、夢の中で語り合うことさえあった。 もちろん夢幻といえばそれまでだが、あまりにも鮮やかな出会いで、目覚めた後もふくいくとした幸福感がなかなか胸から消えなかった。










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