表紙

羽衣の夢   129 遊びの仲間


 初めて聞く声だった。 四姉弟が一斉に顔を上げて、後ろから話しかけてきた男性のほうに眼を向けた。
 四人に視線を集められて、その男性はちょっとひるんだ様子を見せ、スケート靴をはいたまま、一歩下がった。
「すみません、ここ通ってたら会話が聞こえちゃって」
 誰より人見知りしない友也が、体を乗り出すようにして尋ねた。
「ねえ、おじさんもそう思うでしょう? お姉ちゃんはゆーびだって」
 おじさん、と口の中で呟いて、男性は微妙に情けない顔をした。 弘樹が大っぴらに笑いながらも、弟の言葉を訂正した。
「おじさんじゃないよ」
 登志子は初対面の男性が気の毒になり、持ち前の温かい笑顔を浮かべて言った。
「おじさんじゃないですよね?」
 男性は目を見開き、反射的に答えた。
「僕は二七……ですけど」
 小学生から見れば、二五以上は『おじさん』扱いかもしれない。 それに彼は、年より上に見えた。 登志子は彼を、三十前後かな、と予想していた。
「ぼくの担任の真崎〔まざき〕先生も二七」
 友也はそれですっかり打ち解け、椅子を横にずらして一つ空けた。
「ね、座って?」


 男性は最初おどろき、遠慮したが、面白がった弘樹も勧めたため、ぎこちなく腰をおろした。 たぶん、登志子の隣に一度座ってみたかったのかもしれない。
 彼は、珍しく平日に休みが取れたので、友達と待ち合わせてスケートしに来たと語った。
「でも会えないんですよ。 いないみたいだ」
 携帯電話の実用化など考えもしない時代だ。 一旦はぐれると、お互いに連絡を取るのが難しかった。
 男性には、どことなく人なつっこくて親しみやすい雰囲気があった。 それで、少し話しているうちに仲間意識が生まれ、相棒を見つけられないまま、彼は深見姉弟と一緒にすべり始めた。


 男性は、鞍堂〔あんどう〕と名乗った。
「ひらがなで書くとよくある名前なんだけど、電話なんかで漢字を説明するのが大変で」
と言ってニコッと笑った顔に、小さな八重歯が見えるのが愛嬌を感じさせた。
 鞍堂はまた、スケートがとても上手で、教え方もうまかった。 カーブの姿勢がぎこちなかった友也に、脚の動かし方をさりげなくやってみせて、すぐできるようにした。
 態度も、少年たちが好感の持てるものだった。 登志子に興味を寄せているのは確かだが、彼女ばかり見つめるとか、お世辞を使うことはせず、弟たちにも平等に気配りを見せた。
 一時間ほど共に遊んだ別れ際、鞍堂はポラロイドカメラをバッグから出して、願った。
「できたら一緒に一枚撮らせてくれないかな。 すっぽかされてもこんなに楽しくしてもらったから、ぜひ記念に」
 姉弟は快く承知して、リンクを背にして並び、鞍堂が通りすがりのカップルに撮影を頼むのを見た。
 登志子はふと、その写真を送るから住所を教えてくれ、と言われるんじゃないかと思った。 しかし、鞍堂はそんなことは口にせず、嬉しそうにカメラをしまって、四人にさっぱりと別れを告げた。
「ありがとう。 『おじさん』と遊んでくれて」







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