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羽衣の夢   128 新たな冬に


 自宅に帰り着いてしばらくの間、まだ家族は警戒していた。
 加納嘉子は確かに、もう大丈夫だと断言した。 だが、彼女とマネージャーが襲撃に無関係なら、問題は相手の男性ということになる。 その男の事情がわからないのに、絶対安全だと保証できるのか。


 しかし、何事も起こらない半月が過ぎると、次第に緊張がゆるんできた。 どうやら本当に大丈夫なようだ。 いつも通り元気に登校する登志子の、学校のアイドルとしての地位は、夏休みに姿を見せなくてもまったく揺るがなかった。
 登志子は今でも、前と同じペースで祥一郎に手紙を書いていた。 ただ、内容は少し変わった。 以前ほど無邪気に、わけへだてなく色んなことを書かなくなった。
 やがて届いた彼の手紙も、どことなく他人行儀だった。 前ほど面白くないので、つい封を切るのが遅くなったりする。 登志子はそのたびにもどかしくなり、寂しさを味わった。


 やがて秋の様々な学校行事も終わり、年末が近づいてきた。
 時代はスケートが流行りかけた頃で、若者の数が多いことから、アイススケート場やローラースケート場があちこちに登場していた。
 活発な深見姉弟たちも、ご多聞に漏れずスケートが大好きで、冬休みに入ったとたんカモの群れのようにぞろぞろと、青山にあるアイススケート場に出かけていった。
 そこはまた、デートのメッカでもあった。 粋なセーターやモヘアの帽子などでおしゃれした娘たちが、ここぞとばかりすべり方を教えたがる男子と、嬉しそうに頬を染めてリンクに出ていく。 女同士や団体、家族で来ている人たちも多く、中にはプロ並みにスピンやジャンプを決める少年少女もいた。
 この雑然とした雰囲気が、登志子は好きだった。 みんな氷の上ではすべるのに一生懸命で、周りをのんびり眺めている人間はほとんどいない。 群集の一人に溶け込んで、登志子は肩の力を抜き、弟たちと楽しんでいた。


 氷に乗っていても、しばらくすべっていると暑くなる。 登志子は頃合いを見て弟たちを呼び集め、売店でソフトクリームを注文した。
 白いテーブルについて、四人で賑やかに食べていると、ふと滋が顔を上げて、登志子を見つめた。
 あまりじっと見ているので、登志子は彼と目を合わせ、ぱちっとまばたきした。
「どうしたの? 顔に何かついてる?」
「ちがう。 お姉ちゃん、つまんなそうな顔してるかな〜と思って」
 登志子はびっくりした。
「つまんない? すごく面白いわよ。 真里〔まり〕ちゃんがプレスリーの映画見に行こうっていったけど、こっちに来たくて断ったぐらいだから」
「プレスリーなんてどこがいいんだろ。 揉み上げ伸ばして、腰振ってるヤラシイおじさんじゃないか」
 弘樹が遠慮なく言った。 最近ますますテレビを見なくなった登志子は、初めて知って涼やかな眼を見張った。
「そうなの? ラジオで聞くと、とってもいい声だけど?」
「外人の歌手なんてどうでもいいよ」
 滋がそっけなく話を戻した。
「僕が言いたいのはさ、お姉ちゃんも年頃なんだから、かっこいい男の子と来たかったんじゃないかってこと」
「え?」
 ませた滋の言葉遣いに、登志子は苦笑した。
「全然考えてなかった。 それに、誘ってくれる人もないし」
「そんなはずないよ。 誘いにくいだけだよ」
「どうして?」
 問い返されて、滋は一瞬、言葉に詰まった。
「だって……お姉ちゃんってちょっと、すかしてるから」
 すかす、というのは、気取っているとか、格好つけているという意味だ。 登志子はちょっとムッとした。
「すかしてなんか、いない」
「そうだよ」
 すぐ友也が姉の援護に回った。
「お姉ちゃんは、ゆーびなんだよ。 隣のおじさんが、そう言ってた。 ゆーびすぎて、なれなれしくできないって」
「本当にそうだね」
 不意に、響きのいいバリトンの声が、一行のすぐ近くで聞こえた。







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