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羽衣の夢   127 謎めいた話


 翌日の午後、一家は祥一郎と共に、うきうきと家路についた。
 電車の中で、祥一郎は三兄弟の傍に座り、冗談を飛ばしながらなごやかに話していた。 登志子は向かい側で大人たちの間にいて、吉彦と語り合う晴子の言葉を聞いていたり、以前見た映画に出ていた加納嘉子がどんなに優雅だったか思い出をたぐる祖母に耳を傾けたりしていた。
 そうしながらも、登志子はどこか不安だった。 命の危険が消えて、昨夜は久しぶりに熟睡できた。 朝はすっきり目覚めたのに、その後じわじわと違和感が生まれてきた。
 祥一郎の様子が、昨日とは違う。 ほんの僅かな差だが、二人の間に微妙な距離ができていた。


 初め、登志子は気のせいだと思おうとした。 彼は大切な友達だ。 失礼な態度を取った覚えはないし、ここまでわざわざ来てくれたことに心から感謝している。 気を遣って付き合ったつもりだった。
 だが、結果は予想もしないものだった。 登志子は生まれて初めて、友達だと思った人の心が遠ざかるのを感じとった。


 東京駅に着くと、祥一郎は深見一家に笑顔で別れを告げた。
「じゃ、僕はここで。 近くに友達がいるんで、ちょっと寄っていきます」
 すぐに加寿が改まって礼を述べた。
「本当にありがとうね。 みんなに頼りにされて、いつも期待以上の働きをして、頭が下がります」
「いえ、そんな」
 急に褒められて、祥一郎は驚き、たじろいだ様子を見せた。
「いやだな小母さん、僕も楽しませてもらったのに」
 だが加寿は、真面目な表情を崩さなかった。
「あなたはできた子ですよ。 子なんて言っちゃって悪いけど、おばあさんの繰言だと思って許してね。 祥一郎ちゃんはうぬぼれってものがなくて偉いけど、自信はもっと持っていいと思う。 そうなれば、いつか回りもあなたにふさわしくなっていくと思うのよ、私は」
 祥一郎の目が、わずかに大きくなった。 それから彼は一歩進み出て、みんながびっくりするようなことをした。 加寿の前に立って身をかがめ、そっと抱擁したのだ。
「ありがとうございます。 じゃ、お元気で」
「はい、まだ二、三十年は生きて、最後の孫まで婿にやりたいと思ってますから」
 加寿は最後に笑いで締めくくって、祥一郎の大きな体を一度、ぎゅっと抱きしめてから離した。


 祥一郎はその後、深見夫妻に別れの挨拶をし、少年たちに励ましの言葉をかけた。 だが、登志子には笑顔でうなずいただけで、すぐ階段を下りて姿を消した。
 そのせいで、登志子はやがて懐かしい我が家にたどり着いたとき、弟たちと一緒にはしゃぐことができなかった。
 なんで祥一ちゃんとの間に、見えない壁ができたんだろう。
 彼が別荘に来てからの時間を細かく思い出してみたが、どうしても理由がわからなかった。








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