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羽衣の夢   122 祖母の心配


 結局、若い二人にうながされるようにして、加納嘉子はゆっくり立ち上がると、重い足取りで別荘に向かった。
 歩きながら、嘉子は祥一郎が気になるらしく、ちらちらと横を見やって、姿を眺めた。
「立派な体格をなさってるわね」
 話しかけられた祥一郎は、驚いたように自分の腕のあたりに視線を走らせ、穏やかに答えた。
「運動が好きで」
「敏夫さんも運動家だったわ」
 その名前を聞いて、登志子がさっと顔を上げた。 嘉子はまっすぐ前を向いたまま、噛みしめるように続けた。
「剣道と柔道が得意でね、父の護衛をすることもあったわ。 一番うまかったのは野球。 もっと時間があったら、大学野球の出場選手になってたでしょうね」




 別荘へは、四分ほどで着いた。
 静まりかえっている玄関に近づき、登志子がそっとドアを開けたとき、思いがけないものが見えた。 それは、上がり口にしょんぼり座っている祖母の姿だった。
「お祖母ちゃん! ごめんなさい」
 あわてて飛び込み、加寿の肩に手をかけると、加寿は両手でその手につかまって、強く揺さぶった。
「なんで一人で出かけたりするの? はばかりやお風呂場を探して、庭もぐるっと回って、どこにもいないんだもの。 どんなに心配したか」
「ほんとにごめんなさい。 私……」
「申し訳ございません。 すべて私の責任です」
 嘉子が玄関の前で帽子を取り、深々と頭を下げた。


 見覚えのある美しい人の姿をまじまじと見つめたまま、加寿はよろめくように立ち上がった。
「あの……」
「加納嘉子と申します。 芸名ですけれど。 初めてお目にかかります」
「まあ」
 絶句した後、加寿は瞬時に気を取り直して、あたふたとスリッパを出してきた。
「どうぞお上がりください。 こんな格好で失礼いたしました。 すぐ娘と婿を呼んでまいりますから。 登志子、和室にご案内して」
「はい」
 すっかり元気の戻った加寿が、若者のように素早く廊下の奥に姿を消すのを、嘉子は半ば途方にくれた様子で見送った。




 登志子が実母を八畳の和室に連れていく間に、祥一郎は門の戸締りを済ませた。
 煎茶の用意をしている娘の傍らに座って、嘉子はしなやかに動く白い手や、艶のある漆黒の髪、くっきりした横顔を、飽かずに見入っていた。
「毎年毎年、子供を見るたびに思ったわ。 あなたがいたら、このぐらいの背丈になったんだって。 七五三の時期が、いちばん辛かった。 初めて学校に上がる年も」
 お茶を出す登志子の喉に、かたまりが詰まった。
 そのとき思いついた。
「アルバム、持ってきます!」
 家族の写真は、すべて茶の間に置く習慣になっている。 この別荘にも、祖母が自分用に作った家族アルバムを一冊持ち込んでいた。








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