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羽衣の夢   118 生まれた時


 黙って聞いている登志子も、すぐ前にいる加納嘉子をじっと見つめていた。
 私と似ているところはあるだろうか。
 こうやって眺めても、不思議なほど思い当たらなかった。 それでいて、赤の他人という感じもしない。 奇妙な、途方に暮れたような気持ちだった。
 自分で思う以上に緊張しているのだろう。 しばらくは嘉子の言葉が耳を素通りして、意味がわからなかった。
 そのうち、他人の空似、という単語が、いやに大きく耳に響いた。 登志子は今になってはっきり目が覚めたようにまばたきし、低く訴えるように話す嘉子の声が途切れるのを待って、すばやく訊き返した。
「私は誰に似てるんですか?」
 とたんに嘉子は口を閉じた。


 二人は黙って、一分ほどゆっくり林へ続く小道を歩いた。
 その間、登志子はずっと悩んでいた。 嘉子が庇っている相手の名を、私は知っている。 調査が正しければ、その相手は……
「鈴木さんという人ですか? 鈴木敏夫さん?」
 嘉子の足が一瞬止まり、もつれたようになった。 彼女が寄りかかってきたので、登志子は急いで体を支えた。
 嘉子はなかなか身を起こさなかった。 登志子に触れているのが心地いいようで、しっかりと肘につかまって動きを止めていた。
「そこまで調べていたのね」
 嘉子は否定しない。 登志子は勢いに乗った。 知りたい。 自分の本当の親について!
「その人は、生きていますか? 私のこと、知っているんでしょうか?」
「待って」
 嘉子はやっと自分の足で立つと、周囲を見回して、林の中に大きな切り株を見つけた。
「あそこに座りましょう」


 木漏れ日の中、二人は寄り添って腰をおろした。 嘉子はどこから話したらいいかわからない様子で、肩を落としていた。
「あの人の名前が出たってことは、何が起きたかもうわかってるのね?
 私たちはずっと想い合っていたの。 大学生でも招集されて戦地に行くことになって、もう逢えないかもしれないから、二人だけで結婚しようって」
 登志子は目を伏せた。 自分が少なくとも、愛によって生まれたのは、今の話でわかった。
「私は本当に世間知らずだった。 結ばれた後は子供ができるかもしれないってことさえ、よくわからなかったの。
 で、周りのほうが先に気づいて、敏夫さんを引き離した。 あんなに心細いことはなかったわ。
 私は本家から連れ出されて、昔うちに奉公していた山田カナという人の家にかくまわれたの。 そこであなたを授かった。
 でも生まれたとたん、顔も見せずにあなたを連れていこうとしてね、私は逆上して暴れたわ。 あんなに興奮したことはなかった。 周りがおろおろしちゃって、しかたなくあなたを腕に戻してくれたの。
 あなたは初めから綺麗な子だったわ。 ふつう赤いから赤ちゃんというのに、桃色の頬をして、まるで日本人形みたいで」
 取り付かれたようにしゃべっているうちに、嘉子の声は少しずつ枯れてきた。









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