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羽衣の夢   113 心の安らぎ


 登志子は、まだ小さく揺れているブランコを見下ろした。 そして、やわらかく言った。
「暑くなってきたわね。 もううちに入ろう」
 祥一郎は黙ってうなずいた。 ふっと肩透かしをくったような、侘しい気持ちで。
 だが次の瞬間、喉が詰まりそうになった。 登志子が無言で手を伸ばし、彼の手のひらにすべりこませたからだ。
 手をつないだまま、二人は無言で勝手口に向かった。 ぎゅっと握りしめないよう、過剰なほど気を遣いながらも、祥一郎は夢心地だった。


 その日の夕方と、翌日の朝少し、少年たちは祥一郎の作った野性的な遊び場で、存分に雄たけびを上げながら運動しまくった。 近くに他の家がないため、大声を出しても迷惑にはならない。
 気分が盛り上がった登志子まで、身軽に結び目のついたロープを登って、上の枝に触って降りてくる競争に参加した。
 三回勝負で、弘樹が二回勝って勝者になったが、後の一回は登志子で、さすがの運動神経を披露した。
 祥一郎は、自ら参加せずに、審判と見張り役に徹した。 友也に少し手を貸して、うまく参加させたし、弘樹に押されてよろめく登志子を支えるという役得にもあずかった。
 その日、彼はのびのびしていた。 滋だけでなく、友也でさえ、祥一郎がこれまでより更に明るいのに気づいた。
「祥一ちゃん楽しそうだね。 遊んでないのに」
「見張りは慣れてるからな。 海の監視員やってたって話しただろ?」
「でもさ、よく笑うし、なんか若く見える」
 友也に言われて、祥一郎は苦笑いした。
「おれ、そんな年寄りに見えてたのか?」
「そうじゃないよー。 うちのお父さんより若いでしょ?」
「あー、ひどい。 何十年も若いのに」
 祥一郎が泣き真似したが、すぐ見抜かれてしまった。 顔に当てた指の間から、いたずらそうな目が覗いていたからだ。
「あ、見てる」
 友也が祥一郎の脇の下をくすぐって、手を離させようとした。 二人はもつれて転がり回り、どちらもきゃっきゃと笑い出した。
 登志子は木に寄りかかって、二人がじゃれるのを眺めていた。 そして確かに、これほど無邪気な祥一郎を見たことがないと思った。
 いつもしっかりと落ち着いていて頼もしい若者が、自分の周囲に築いた大人っぽい『鎧』を脱ぎ捨て、まだ残る子供らしさを出していた。 それを見守る登志子の胸に、これまでになかった愛しさが芽生えた。
 隙あり!
 この人も、やっぱり普通の男の子なんだ。







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