表紙

羽衣の夢   112 情熱に負け


 やがて力を入れすぎていることに気づき、祥一郎はほとんど水平にまで舞い上がっている登志子のブランコを思い切り押すのを止めた。
 ブランコがゆるやかに低くなって、やがてほとんど停止した。 すると登志子は今度は横に体を回し、吊り縄を固くよじって、それから足を地面から離した。
 くりくりっと回転する登志子の艶やかな髪の毛を、祥一郎は見入られたように眺めた。 こちらも一緒に円を描いているような気がする。 目まいを感じて瞳を閉じると、鮮やかな光の粒が瞼の裏に散った。
 はっと意識が戻ったとき、祥一郎は腰を折るようにして背後から腕を回し、登志子を抱きしめていた。
 頭を殴られたような衝撃が走った。 凄い速さで腕を引き、何か言わなければと口を開けた。
 登志子がゆっくり振り向いて、肩越しに見上げた。 大きな眼に見つめられた瞬間、祥一郎が言おうとしていた言葉は、完全にどこかへ飛んだ。
 登志子は二度まばたきした後、ゆっくりと立ち上がって、彼と向き合った。 二人はブランコを挟んで、二秒ほどじっと立ち尽くした。
 それから、登志子が言った。
「そんな顔、しないで」
 自分がどんな表情をしているのか、祥一郎には見当もつかなかった。 こんなに我を忘れたことはないし、無防備な女の子を一方的に抱き寄せたこともなかった。
 登志子は上げかけた右手を空中で止め、また静かに下ろした。
「おでこに皺が寄ってる。 しまった、と思ってるなら……」
「思ってない」
 声が反射的に出た。 他人の声のようにざらざらして、不自然に聞こえた。
「ほんとはずっと会いたかった。 でも会うと、こうなっちゃうんじゃないかと怖かった」
 登志子の白い頬に淡く紅色が差した。
「そんなふうに見えなかったわ」
「じゃ、隠すのがうまかったんだ」
 そう答えるのは、たまらなく辛かった。 登志子は周り中に優しい。 祥一郎の知る限り、誰かに個人的な注意を向けたり、じっと視線をそそいだりすることはなかった。
 もちろん祥一郎にもだ。
 ずっと彼女の特別な人になりたかった。 それがたとえ『親友』であっても。 無意識に彼女を見習って、誰にでも公平に接するように気をつけていた。 人気者になりたいためではなく、ただ登志子と同じ土台に立ちたいために。
 登志子はまたまばたきし、考えこみながら、ぽつりと言った。
「ずっとね、祥ちゃんなら気づまりじゃなかったの」
 祥一郎は顔をはたかれたような気分になった。
「もう信用できない?」
「ううん」
 答えはすぐ返ってきた。
「前と同じ。 むしろ」
 そこでわずかに空いた間が、祥一郎には無限に思えた。
「……あったかい感じだった。 そんなこと言ったら、変?」
 祥一郎の肩から、ずしりとかかっていた重みが抜けた。 彼が触れたのを、登志子は嫌がっていないのだ。
 身震いするほど嬉しかった。







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