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羽衣の夢   111 朝に二人で


 金曜日の朝、まだ涼しいうちに、祥一郎は物置小屋にあった古い網とロープを使って、別荘の庭によじ登り用ネットとハンモックを取り付けた。
 また、太い枝にはブランコを下げてくれた。 これは主に登志子のためだった。
 ネットの上にロープを垂らすと、安全にターザンごっこができた。 ロープは二本で、結びこぶをいくつかつけて、登る練習ができるし、掴まるときの助けにもなる。
 朝食後に裏庭へ出て、三畳分ほどある網が椎の大木から斜めに広がっているのを見つけた弘樹は、目を丸くした。
「すっげぇ。 これ祥一ちゃんが全部作ったの?」
 一仕事終えて、食事の前に早くも行水をすませてさっぱりした祥一郎は、さっそく散らばってロープを引いたり、網に飛び込んでみたりしている少年たちに笑いかけた。
「網と綱はもともとあったから、結びつけただけだよ」
「この縛り方おもしろいね」
 探究心の強い滋が、綱の結び目をじっくり観察していた。
「それは植木の結び。 こっちはもやい結びで、引けば引くほど強く締まって、ほどけてこないんだ」
「どうして知ってるの?」
「ああ、ボーイスカウトに行ってたのと、園芸店のバイトで」
 少年たちは新たな尊敬の目で、祥一郎を見上げた。
 さっそく遊びたいところだが、朝の勉強は抜けられない。 三人が肩を落としてまた家に入った後、残ったのは登志子と祥一郎だけになった。
 綱を平織りにしたブランコの座面に腰をおろし、柔らかい座り心地を楽しみながら、登志子は訊いた。
「ボーイスカウトに入ってたの?」
 祥一郎は背後に回って、自分で漕ごうとしていた登志子の背中を大きな手で押した。
「二年ぐらい。 結二が最初にカブスカウトに入って、兄ちゃんも入れってうるさくてさ」
「学校の男子が言ってたけど、キャンプの幽霊話が面白かったって」
 祥一郎は声を立てて笑った。
「ああ、隊長まで一緒になってな。 テントに影が映るから、狼男〜! なんてやってる奴もいたよ」
 彼は力が強い。 上がって戻るたびにぐんと押されて、登志子はどんどん高く舞い上がっていった。
 木陰を抜ける朝風が気持ちいい。 空にはブラシで刷いたような筋雲がゆっくりと流れている。
 安心して人に任せて大きく揺れているうちに、登志子は夢見心地になった。 小さい頃、父の吉彦が公園で、よくこうやって遊んでくれたことが思い出された。
「ねえ、祥ちゃん」
「なに?」
「手紙に返事くれて、ありがとう」
「え?」
 彼は戸惑った声を出した。
「それはお互い様だろう?」
「そうだけど。 でも楽しいし、いろいろ勉強になる」
「ほんとに? 大したこと書いてないぞ」
「そんなことない。 ただ」
「ただ、なに?」
「どうして会おうとしなかったのかな。 ずいぶん久しぶりでしょう? こうやってじかに話したら、楽しいのに」
 ブランコを二回押す間、沈黙が続いた。
 それから祥一郎は、いくらか固くなった声で、ぽつりと言った。
「おれ男兄弟だから、間が持たないんじゃないかと思ってさ」
 登志子は驚いて、首を回して振り返った。
「気まずくなるってこと? そんなの一度もなかったじゃない? 話していても、ただ黙っていても、全然ふつうでいられて」
 そりゃ君はそうかもしれないけど、と、祥一郎は心の中で呟いた。







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