表紙

羽衣の夢   110 触れ合って


 場所は真夏の海岸だ。 祥一郎のほうも海水パンツに大判タオルを肩にかけただけの軽装だった。
 だから彼の胴と登志子の頬がじかにぶつかることとなった。 しかも、転ぶまいとして、彼女のしなやかな腕が巻きつき、祥一郎の背中に電撃が走った。
「おっと」
 反射神経のいい彼は、とっさに登志子を引っ張り上げると同時に、ずり落ちた自分のタオルも拾って彼女にかけた。
「足、くじかなかった?」
「平気。 わー格好わるい。 思いっきり転ぶところだった」
 登志子は両手で赤くなった頬を叩き、恥ずかしそうな笑いを見せた。 そのとき、祥一郎は我を忘れて一歩踏み出しそうになった。 抱きしめたい──その願いがわずかに遅れて脳裏に浮かんだ。
 だが寸前に、弘樹の手が登志子の指にからんで引っ張った。
「ほら、ちゃんと調べなきゃ。 僕が割ったのとお姉さんのと、どっちが真っ二つに近いか」
 たちまち姉弟たちは、砕けたスイカの周りに集まって、検査を始めた。
 危ういひとときは、これで過ぎ去った。 かつてない動悸を感じつつ、祥一郎はわざとゆっくり歩いて、その間に気持ちを静めた。
 弘樹が持ち出してきた『彼の分』のスイカは、運んだため形が崩れていた。 友也は姉のほうが真中から割れていると言い、滋は弘樹のほうが左右対称だと言った。
「どっちが上だかわかんないよな〜、基準がちがうんだもの」
 まじめな滋が溜息をつくと、友也がてっとり早い解決法を言い出した。
「じゃんけんで決めよう」
 すぐ決まるのが好きな弘樹が、真っ先に乗った。
「よおし、三回勝負で、最初はグー」
 登志子はもうすっかり気を取り直して明るくなっていて、手の甲で次に出すものを占ったりして、わいわいやったあげく、わずかの差で弘樹が勝利を収めた。
 そこでふと気づくと、海の彼方には息を呑むような夕焼けが広がっていた。 二時間遊んだら帰るはずだったのに、もう三時間近くが経過していた。
 祥一郎はぼんやりしていた自分を責め、急いで号令をかけた。
「まずい! 予定時間をとっくに過ぎてた。 さあ、撤収!」


 別荘に帰り着くとすぐ、祥一郎は晴子に謝った。
「すみません、五十分も遊びすぎてしまって」
 晴子は玄関先で弟たちと楽しげに話している弘樹を見極めた後、にっこりして祥一郎を慰めた。
「あの様子なら大丈夫。 あの子たちとっても楽しそうだわ。 付き合ってくれてありがとうございます」
 だが祥一郎はなかなか自分を許せなかった。 どこに目移りしていたか自覚しているだけに、良心の呵責が心をちくちく刺していた。







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