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羽衣の夢   109 遊びの中で


 わいわいと昼食を取った後、短い昼寝をはさんで、今日こそ本格的に、子供たちは祥一郎を引っ張って海に繰り出した。
 友也のたっての願いを聞いて、まずスーパーでスイカを買い、タオルを目隠しに使って、スイカ割りから始めた。
 大中小と三個買ったのが、祥一郎のうまいところだった。 まず短い距離で、友也にも思いきりぶっ叩かせて達成感を味わわせた後、少しずつ距離を伸ばし、障害物を置いたりして、上の子たちも楽しませた。
 あんまり三人がキャーキャーと嬉しげなので、最後には登志子もやってみた。
「なんで一緒にやらないの? 女だからってやっちゃいけないなんてことはないんだから」と、祥一郎に言われた後で。
「なんか、子供っぽくない?」
 彼の傍で囁くように言うと、祥一郎は笑って返した。
「おとなぶってる」
「えー、そんなことない」
「いや、そうだ。 一緒に遊ぼうよ。 さもないと、お母さんになったとき子供との遊び方忘れちゃうよ」
 不意に登志子の顔が真面目になった。 母親になる、という言葉が、冷たい刃のように胸に食いこんできた。
 まだ具体的に結婚さえ考えたことがない。 でも、お見合いだってかまわないと予想するぐらい、当たり前のことだと認めている。
 それがなぜ、将来子供を産むと思っただけで、こんなにおじけづくのか。
 意識の壁を押しやろうとするかのように、登志子は首を激しく振り、笑顔を作った。
「いいわ、挑戦する。 目隠しするから眼鏡持ってて」
 そのとき登志子はワンピースの水着を着ていた。 スクール水着をもう少し濃くしたような濃紺で、襟の代わりに幅広の白い縁取りがついている。 日焼けしないよう羽織っていた海浜着を脱いで眼鏡を外し、準備していると、浜辺でくつろいでいた人々、特に男性の視線がみるみるうちに集まってくるのが、祥一郎にはわかった。
 登志子本人はほとんど気にしていない。 学校に通っているときはいつもそうだからだ。 弟たちも、美しい姉が注目されるのには慣れていた。
 だが祥一郎は慣れていなかった。 ここは住まいと東京湾をへだてているため、まさかちょっと眼鏡を外したぐらいで犯人に見つかることはないだろうが、それでも彼女が目立つのは不安だったし、何よりむらむらと嫉妬が湧きあがってきたのには、自分でも驚いた。
 急いで登志子に目隠しをすると、祥一郎は狼狽を隠そうと、大げさに三回彼女を回して、スタート位置に立たせた。
「さ、行けー!」
「いーけ、いーけ!」
 弟たちもはやしたてた。 登志子は頭の中で見当をつけ、迷わず八歩進んで、ヤッと竹の棒を振り下ろした。
 すると、ポコッという音がして、後ろで歓声が、横からは拍手が聞こえた。
「すげ〜、当たった!」
「え、ほんと?」
 もどかしく目隠しのタオルを外すと、すぐ後ろから祥一郎の手が伸びて、眼鏡をかけられた。
 素通しのガラス越しに、下が見えた。 確かに小玉スイカが斜めに割れて、真っ赤な中身を午後の太陽にさらしていた。
「やったー!」
 嬉しくて飛び上がったとたん、すぐ背後にいた祥一郎に肩が触れた。 バランスが崩れ、気がつくと彼の脇腹に危うくしがみついて、尻餅をつくのを防ぐ形になっていた。







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