表紙

羽衣の夢   107 いい仲裁役


 そろそろ帰らないと、夕食の支度が遅くなる。 一同はもと来た道をたどって、のんびりと別荘へ引き返した。
 道筋には街灯がついているが、ちょっと脇道にそれると、とたんに本数が少なくなる。 これまで暗くなってから出かけたことのなかった登志子は、だいぶ物が見えにくくなった曲がり角で祥一郎がポケットから懐中電灯を出したのを見て、用意がいいのに感心した。
「今夜は月が出てないね」
 暗さを増した空を見上げて、友也が言った。
「もっと遅くなって出るんだよ。 真夜中とかさ」
 学校で月の満ち欠けを習ったばかりの滋が、自信たっぷりに教えた。
 その後、しりとりが始まり、にぎやかに続いていた中、風が強くなってきて、右手の林が唸るような音を発した。 こういうとき、一番怖がりそうな末っ子の友也はのんびりしているのに、活気に溢れた弘樹がびびった。
「うへぇ、ヤな音」
「ここら辺、家があまりないな。 迷惑にならないから、元気にデカい声で歌っていくか」
と、祥一郎が提案した。
「何の歌?」
「そうだな、『おお、牧場は緑』とか。 知ってるか?」
「うん」
 少年たちは、張り切って答えた。 音楽喫茶の影響か、ポーランドやロシア、チェコなど東欧圏の民謡が、よく歌われるようになっていた。


 間もなく栃の木の下から、別荘の門灯が見えてきた。 弘樹が勢いをつけて駆け出し、木製の門を開けて、大げさにお辞儀した。
「さあ皆様、お入りください」
「どうも」
「ありがと」
 次々と挨拶しながら通っていく中、滋だけが上から目線で、偉そうにうなずいてみせた。
「ご苦労であった」
 とたんに弘樹に野球帽の縁を叩かれて、鼻までずり下がった。
「おい、兄ちゃんをなめんなよ」
「やるか?」
 珍しく滋がボクシングの構えを取り、兄弟は向かい合ったまま、じりじりと円を描いて回り出した。
 登志子ははらはらしたが、祥一郎は腰に手を当てて、互いに当たらない程度にジャブを繰り出している二人を面白そうに観察していた。
「肘をもうちょっと高く。 それと、ぜったい親指は拳の中に入れるんじゃないよ」
「どうして?」
 頭を低くしながら、弘樹が訊いた。
「殴ったとき、ボキッと折れて使い物にならなくなるから」
「げっ」
 弘樹が白目をむいて、腕を下げた。 滋のほうは好奇心を刺激されたらしく、指を出したり入れたりして拳を作ってみていた。
「なるほど〜」
 なるほど、と思ったのは登志子も同じだった。 弟二人がふざけていただけなのはわかっている。 だが見物人がいると刺激されて、冗談が本気になることもある。 祥一郎は男の子たちを叱ったり、間に入って止めたりして自尊心を傷つけることなく、軽くおどして白けさせて、場を収めた。
 彼には弘樹と滋の性格がよくわかっているらしかった。







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