表紙

羽衣の夢   102 気安い仲間


 ホームの端にいる弟たちは、まだ祥一郎に気づいていない。
 祥ちゃんのほうも、私に気づかないかも──隠れていないのに隠れんぼをしているような気分になって、登志子は本を手に持ったまま、立ち上がらないでいた。
 だが、登志子の思惑は完全に外れた。 祥一郎は少しの迷いも見せず、すたすたと彼女のほうへ歩いてくると、いつものように自然体で声をかけた。
「登志子ちゃん、もしかして、迎えに来てくれた?」


 あれ。
 ちょっと恥ずかしいような思いで、登志子は顔を上げ、祥一郎と目を合わせた。
「あ、こんにちは。 弟たちと一緒に来たの。 弘ちゃん! 滋くん!」
 澄んだ声で呼ばれた二人は、クワガタをチャックつきのポケットに押し込んで、急いで走ってきた。 名前を呼ばれなかった友也だけが、ちょっと怒った顔でわざとゆっくり歩いてついてきた。
 その様子に気づいて、登志子はすぐに付け加えた。
「友ちゃん、お待ちどおさま。 祥ちゃん来てくれたわよ、さあ走ろう!」
 友也は素直だから、姉の言葉と自分だけに向けられた微笑みで、すぐ機嫌を直す。 自らもはにかんだ笑顔になって、仔犬のように体を揺すりながら走り出した。
「祥一ちゃん、いらっしゃい!」
「なんだ、かっこいいじゃん」
 駆けつけた滋と弘樹にばらばらな挨拶をされて、祥一郎は笑いながら眉を寄せた。
「なんだって? かっこよくて悪かった?」
「そうじゃなくて、滋と賭けしてたんだ。 アロハと短パンで来るって言ったのが、ボク」
 祥一郎は声を立てて笑い出した。
「短パンは普段着で持ってるが、アロハはないな」
「一枚も?」
「ない」
「ざんねん」
「じゃ、網シャツは?」
と、友也が高い声で訊いた。 なんとしても話に加わりたかったらしい。
「スケスケのやつ? それもない」
「地味だねぇ」
 これは弘樹。 祥一郎は面白そうに答えた。
「自分の給料でやりくりしてるからね、凝った物は買えないんだ」
「その格好、地味じゃないよ。 おしゃれだ」
 滋が真面目に言った。 すると祥一郎は登志子に視線をやって、さりげなく尋ねた。
「普通だよな?」
 登志子は困って、目をしばたたいた。 ふだん判断の基準にしている父の吉彦は、近所の奥さんに言わせると『何着てもすっきりしてる』と評判がいいが、娘の登志子から見ると、渋い素敵さだ。 それに学校は制服なので、同年代の男子の服装にあまり興味がない。 だからどんな格好が普通なのか、よくわからなかった。
 わからないなりに、主観で判断するしかない。 登志子は思い切って言った。
「よく似合ってる、と思う」
 祥一郎の唇が、わずかに動いた。 頬骨の上が赤らんだように見えたが、気のせいかもしれなかった。
「それはどうも。 さあ深見軍団の君たち、そろそろお宅へ案内してくれるか?」
「ほいきた!」
 弘樹がとんきょうな声を上げ、先に立って歩き出した。 その後から、滋が慎重に声をかけた。
「荷物それだけ? 他にあるなら僕運ぶよ」
「ありがとう。 でもこれだけなんだ」
「じゃ、それ持たして」
 ぴょんぴょん飛びながら、友也が言った。
「ぎゅう詰めにしてるから、けっこう重いよ」
「ほんと? 僕持てるかな」
「試してみるか?」
 ポンと渡されて、友也の腕がぐんと下がったが、地面すれすれで何とか持ちこたえた。
「うん、重い!」
「正直なやつ」
 滋が首を振りながら、友也からバッグをバトンタッチした。







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