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羽衣の夢
101 駅へ来た人
食べ物の補充だけでなく、新しいタオルケットやパジャマなど、祥一郎が泊まる準備にいろいろ買い込むものがあって、一家は楽しく買物に出かけた。
登志子はなんとなくわくわくしていた。 人見知りをしない深見家の子供たちは、近所の別荘に来ている人たちと知り合いになり、そういった家族の子供たちとも遊んだが、登志子は目立ちすぎるという理由で素通しの眼鏡をかけ、あまり他人と親しくしすぎないように気をつけていた。 だから、ここしばらく腹を割って話す機会がなくて、登志子自身もストレスが溜まり、若くはつらつとした祥一郎と会話するのが待ち遠しかった。
土日を息子達に引っ張りまわされた父が、会社で居眠りしちゃうかも、と冗談を言いながら暑い東京に戻った後、いよいよ夏休み最後の水曜日が来た。
たぶん十時前後に駅へ着く、という登志子の言葉を聞いて、弘樹が言い出した。
「ねえ、駅まで迎えに行こうよ」
すると、日頃慎重な滋までが乗り気になった。
「そうだね。 祥一ちゃんに会うの久しぶりだから、どんなになってるか早く見たい」
「背広着て来る?」
友也の問いが、一斉に否定された。
「まさかっ! 会社に入ったって、休みのときは普通の格好して来るよ」
「ポロシャツやTシャツ着てくるの。 決まってるじゃん。 真夏なんだよ〜」
「じゃ、ジーパンはいて?」
「たぶんな」
「今日も暑いから、半ズボンはいてくるかも。 スネ毛出して」
弘樹の適当な発言に、登志子はぎょっとなった。 海浜だからスネ毛どころか短い海水パンツで歩き回っている男性がいくらもいるのに、なんで祥一郎が脚を出してやってくるところを想像すると恥ずかしくなるのか、自分が不思議だったが。
最近乗りやすくなった友也が、すぐ相槌を打った。
「そうだね。 麦藁帽子かぶって、アロハ着て来るかもね」
「なんだそれ。 海の家の焼きそば兄ちゃんみたいだ」
滋がはやしたて、三人は賑やかに祥一郎の服装を予想し出した。
こんなのを三人だけで駅に行かせるわけにはいかない。 登志子も一緒についていくことにした。
シャワーを浴びて手早くサマードレスに着替えた後、登志子は茶目っ気を出して、少し伸びた髪の毛を左右の二つ結びにし、三つある伊達眼鏡のうち一番地味な茶色縁を選んで、何の飾りもない夏帽子をポンとかぶった。
その格好で鏡を覗くと、いかにも冴えないガリ勉風に見えて、おかしくなった。 よし、これで行こう! 素足にサンダルをつっかけると、登志子は意気揚々と弟達に混じって、徒歩で袖ヶ浦駅を目指した。
到着したのは、午前十時少し前だった。 二つあるプラットホームは照りつける太陽にさらされてほこりっぽく、土とタチアオイと潮の匂いがした。
入場券を買って、登志子は屋根のあるベンチに座ったが、弟たちは人けのないホームの端まで行き、ポケットに入れてきたクワガタムシを出して、闘わせはじめた。
半時間は待つと覚悟して、文庫本を持ってきていた登志子は、十分もしないうちに電車が入ってきたので、目を上げた。
すると、先頭から三両目の車両から、見間違えようのない姿が降り立つのが見えた。
祥一郎は真っ白なTシャツに、水色の半袖シャツを重ねていた。 頭は無帽で、ジーパンではなく腿にポケットのついた薄茶色のチノパンを、さらっと着ていた。
手には紺色のスポーツバッグを下げ、シャツの胸ポケットに、サングラスが挟んである。 彼は、すごくかっこよかった。
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