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羽衣の夢   100 迎えの準備


 鮮やかな夢は見たが、全体的に言うと、その晩は久しぶりにぐっすり眠れた。 たぶん、祥一郎が来てくれることになったので、弟たちへの申し訳なさが少し減って、気が楽になったためだろう。


 翌日の午前中は、母と姉弟全員で海水浴に行った後、早めに切り上げて戻ってきた。
 それでよかった。 みんなで賑やかに昼食を取っていると、予定より早く祥一郎が電話をかけてきたからだ。
「登志子ちゃん? うちにいてくれてよかった。 これから臨時の打ち合わせがあって遅くなるんで、今のうちにと思って」
 手短に告げる祥一郎の言葉に、登志子は喜んだ。 彼は水曜日から週末にかけて、臨時の夏休みを許してもらえたのだった。
「みんな喜ぶわ〜。 無理させたんじゃない?」
「大丈夫だって。 水曜の午前中にお邪魔しますって、お母さんたちに伝えて」
「はい。 客間を片付けて、楽しみにしてます」
「近くの旅館に泊まろうかなと思ってたんだけど」
「そんなー。 部屋数あるし、弘樹たちもずっと一緒にいたがると思う。 お父さんが週末に来たらいつもべったりだから、男の付き合いに飢えてるんだわ」
 飢えてる?、と繰り返すと、祥一郎は驚いたように言った。
「登志ちゃんでもそんな言葉使うんだ」
「え?」
 逆に登志子のほうが戸惑った。
「使うと変?」
「いや、そういうことじゃ……。 えぇと、それで、電車でことこと行くんで、よろしく」
「こちらこそ、お待ちしてます」
 最後は折り目正しく挨拶しあって、電話は終わった。




 土曜の午後にやってきた父に、祥一郎の訪問を告げると、父は軽く眉を吊り上げて、面白そうに娘を眺めた。
「登志子が招いたのかい?」
「ええ。 いいでしょう、お父さん?」
「かまわないよ。 聞いたところによると、祥一郎くんは水泳が特に得意で、素潜りでもシュノーケル使っても、タンク背負ってもすごいらしい」
「ああ、前に逗子の海岸で監視員してたって」
 そこで登志子は不思議に思った。
「お父さんどうしてそんなこと知ってるの?」
 吉彦は一瞬、虚を突かれた表情になり、口元がゆるんだ。
「どうしてかな。 どっかで聞いたんだよ」
「ふうん」
「で、いつ来るって?」
「水曜日に、電車で」
「招待したんだから、当然うちに泊まってもらわなくちゃな」
 それを頼みたかった登志子は、ひまわりのような笑顔になった。
「うちがいいわよね? 祥ちゃんは遠慮して、旅館に泊まろうかなんて言ってたけど」
「もちろん、うちだ」
 吉彦はきっぱりと言い、小声で付け加えた。
「そうと決まれば、あと二人分おかずを買い込まなきゃな。 運動のできる男子は食欲も二倍なんだ」








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