表紙

羽衣の夢   98 緊急相談で


 祖母と母に許しを貰って、登志子は木曜の夜に祥一郎の家へ電話をかけた。 大学を去年優等で卒業し、大手の電機会社に就職した祥一郎が、どういうシフトで働いているか詳しいことは知らないが、八時過ぎなら家にいてくれることを願った。
 その願いは叶った。 しかも珍しく、本人が電話口に出た。
「はい、中倉です」
「祥ちゃん?」
 思わず声が弾んでしまい、登志子は急いで言い直した。
「深見です。 深見登志子」
「ああ、登志子ちゃん。 どうした?」
「あの、いま話して大丈夫? ごはん中だったらまた後で……」
「まとまった話なんだな」
 そう察してすぐ、祥一郎は言葉を続けた。
「メシは帰ってすぐ食った。 ちょっと待って。 上の子電話で話そう」
「はい」
 保留になって一分とたたないうちに、また声が聞こえてきた。
「お待たせ。 なに?」
「あの、手紙には書かなかったんだけど、実の親がわかったみたいなの」
 電話口で祥一郎が息を引く音が聞こえた。 冷静な彼が驚くのは珍しい。
「ほんとか? やっぱりあの聞き込みに来た奴と関係あるのか?」
「たぶん」
 自宅ではなく貸し別荘の電話だから、万が一にも盗聴されている心配はない。 登志子は手短に、身に降りかかったことを話した。
 すると祥一郎は、かんかんに怒った。
「畜生! ホームから突き落とすって、何だよ! ぶっ殺してやる!」
 自分で話しておきながら、登志子はびっくり仰天した。 祥一郎が激怒するところなんか、想像したこともなかった。
「怪我しなかったから。 背中にちょっとあざができただけで」
「本気だったんだな。 よっぽど強い力で押さなきゃ、簡単にあざなんかできないよ」
 どうしても納得できない様子で、彼は呟いた。
「どうして登志ちゃんに本気で、そんなことできるんかな」
「変質者かもしれないし、親の関係かもしれない。 わからないから、夏休みは避難してて、今は袖ヶ浦にいるの。
 でも一家全部で来たから、弟たちが飽きちゃってかわいそうで。 ねえ、祥ちゃん達は遊ぶのがとても上手だったでしょう? どうしたら男の子たちが楽しく過ごせるか、教えてもらえるとありがたいんだけど」
 一瞬間を置いて、祥一郎が気の抜けた声を出した。
「え? それが電話くれた目的なの?」
「そうだけど」
 よくわからないが何か悪いことをしたような気がして、登志子は小さくなった。
 すると、低く短い笑いが聞こえた。
「じゃ、来週初めにでも陣中見舞いに行くか」
 登志子は目をぱちぱちさせた。
「ここへ?」
「そう。 弘樹くんたち退屈してるんだろう? ガキ大将として遊んでやるよ」
「わあ! ほんと? 来てくれるの?」
 嬉しい! 登志子は目の前がパァッと明るくなった。









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