表紙

羽衣の夢   97 思い出す名


 登志子の背景に、こんな重大な秘密が隠れていたとすれば、襲撃がその秘密と関係ないとはとても言い切れない。
 一家はますます用心して、やはり予定通り夏休みの終わりまで、家に帰らないことに決めた。


 そうなると、男の子たちはいっそう退屈した。 お互いでできるゲームや遊びはやり尽くしたし、学校や近所の友達にも会えない。 週末に来る父との時間だけは遊んでもらえたが、それではもう足りなくなっていた。
 町にかかっている映画を見に行った夜、登志子は母たちに思い切って話した。
「このままだと弘ちゃんたちがかわいそう。 何も知らないで家から離されて。 海や山に来られて幸せだけど、でも他に夏休みの計画があったでしょうし」
 加寿が別荘の畳に目を落とし、重い口調で提案した。
「私があの子たちと先に帰ろうか?」
 晴子が急いで顔を上げた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、男の子三人の面倒をお母さんに押し付けるわけにはいかないわ。 帰るんなら私が」
 そう言いかけて頭を抱えた。
「そうだ、先に戻ったら、あの子達友達に黙っていられないわね。 休みにどこで遊んだか自慢するに決まってる。 それじゃわざわざこっちに来た甲斐がないわ」
「早めに帰ってもいいんじゃないかしら。 夏休みはあと半月ないし、学校が始まれば戻るんだから」
「もうちょっと待ってってお父さんが言ってたの。 もしその……女優さんの周りの人が関係してるなら、スキャンダルを恐れてのことでしょう? そうなら佐倉さんが裏で手を回せるかもしれないって。 だから」
「そんなことは考えたくないけどねぇ」
 加寿が呻くように言った。
「子供より女優生命が大事だなんて」
「お母さん」
 登志子に気を遣って、晴子が小声でたしなめた。 たしかに登志子の胸は痛んだが、まだ本当の実感は湧いてこなかった。 あのしゃれた喫茶店の中から暗い瞳で見つめていた美しい人が自分の母親だとは、どうしても信じきれなかった。
 そのとき脈絡なく、一つの名前が頭にはっきりと浮かんだ。
「あの」
「なに?」
「口が固くて、絶対に信用できる人に相談していい?」
「え?」
 晴子は困った顔になった。 しかし、加寿はすぐピンときたらしく、あいまいな微笑を浮かべて孫を眺めた。
「ああ、祥ちゃんね」
「どうしてわかった?」
 驚く登志子と母を見比べて、晴子は負けたという表情になった。
「そうなの? まだまだお母さんにはかなわないわ。 私は思いつかなかった」










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