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羽衣の夢   96 調査が実る


 七月末の日曜日、一家はそろって、まず箱根に向かった。
 そこには五日予約を入れてあったが、二日目からは会社の知り合いに引き継ぐ予定だった。 もちろんその家族に裏事情は話していない。 子供のいない、夫婦二人だけの家族だから、万一襲撃者に見つかっても、深見家と間違えられる危険はなかった。


 一家は夕方涼しくなってから箱根の町を散歩し、土産物を買い、にぎやかに夕食を取った。
 それから旅館に戻ると、吉彦は仕事のため東京に戻り、残りの家族は翌朝早く身支度をして、そっと列車で信濃追分の別荘に向かった。


 二週間の山暮らしはのんびりと楽しかった。 週末になると吉彦が遠回りして駆けつけ、みんなで低い山を登ったり、釣りをしたりした。
 食料品を仕入れに駅前まで行くこともあったので、登志子は用心して髪型を変え、素通しの眼鏡をかけて出かけた。
 山間の別荘では異変はまったく起きず、一家は意気揚々と海に向かった。 東京湾内の穏やかな海も、気分が変わって面白かったが、さすがに家を離れて三週間となると、下の子たちは少し疲れ気味で、家が恋しくなりはじめた。


 その週末、袖ヶ浦にやってきた吉彦は、やや深刻な顔をしていた。
 それでも明るいうちは、せっせと男の子たちの相手をして騒いでいた。 もともと子供好きなので、一緒に遊ぶのはお手の物だ。
 夜の庭で花火をして、後始末を済ませ、子供達を眠らせた後、彼はようやく落ち着いて晴子や加寿に話すことができた。
「加納嘉子のことで、新しい事実がわかった」
 たちまち晴子の顔に緊張が走った。
「どんな?」
「戦前、まだやんごとないお姫様だった頃に、もみ消された醜聞があったらしい」
 加寿が声を落として尋ねた。
「色恋?」
 吉彦はうなずいた。
「昔の雇い人を佐倉が見つけて、さんざんねばって話を聞いた。 お女中頭だった人だ。 昔なら絶対しゃべらなかっただろうが、生活が苦しいらしくて、芸能誌なんかに絶対売らないと約束して話してもらったんだそうだ」
「それで、加納さんは身重に?」
「そう。 まだ十代で、体型が変わる前にどこかへ移されて、本宅から姿を消した。 その後、何が起きたかは、雇い人も知らない」
「終戦の年なのね?」
「いや、その前年だ。 昭和十九年の春半ば」
 そうだ、そのはず……。 晴子の胸が痛んだ。 拾ったときの登志子の大きさからみて、彼女は十九年の末か翌年の初めに生まれたはずなのだ。
「加納さんの子だという可能性が、出てきたのね」
 まさかと思っていたが、あんな大女優の隠し子だったとは。
 加寿が頬を押さえて、囁くように言った。
「もしそうだとしたら、彼女、どうして見分けたの? 生まれて間もなく赤ん坊で別れた娘の顔を、どうして?」







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