表紙

羽衣の夢   95 二面作戦で


 夏休みの計画が決まって、一家は密かに準備を始めた。 吉彦は浅間山を望む信濃追分〔しなのおいわけ〕と、穏やかな海がきらめく袖ヶ浦〔そでがうら〕の二箇所に別荘を借り、半々に過ごすよう手配した。
「長く同じところにいると目立つからね。 途中で移ったほうが安全だ」
「山と海と、両方行けるなんてすごい!」
 弘樹は早くもはしゃいでいる。 軽薄に見えるが、彼なりに緊迫した空気をなごませようとしているのだと、家族はみんなわかっていた。


 七月の初め、佐倉からの二度目の報告書が届いた。
 じっくり読んだ吉彦は、子供たちが寝た後、妻と義母と三人で、内容を検討した。
「骨相学の専門家に聞いたんですって? 佐倉さんって顔が広いのね」
「苦労してるからな。 これによると、加納嘉子とあの子の顔立ちは、それほど一致していないらしいね。 親子かどうかは、骨格だけからは判定しづらいと書いてある」
 加寿と顔を見合わせて、晴子が言った。
「私とお母さんは口元と顎が似てるって言われるわ」
「僕も母の顔に近いとよく言われる。 だから親父は僕がけむたいのかな」
 晴子は改めて吉彦の横顔をじっと眺めた。
「不思議なんだけど、登志子はあなたにちょっと似てるみたい」
「へえ」
 驚いて、吉彦は目を上げた。
「ほんとかい? 前にあの子の学校の文化祭で、三村さんっていう奥さんにそう言われたことがあるけど、おせじだと思ってたよ」
「どんなふうに言われた?」
「深見さんのお父様ですね、似てらっしゃるからすぐわかりましたって」
「それでかな」
と、晴子が静かに呟いた。
「トランクを開けてあの子が見えたとき、一目でひきつけられたのは」
「実は私もときどき思ってたわ」
 加寿が呟いた。
「二人とも背が高いでしょう? 顔だけじゃなくて、歩き方や笑い方も似てるし」
「ますます登志子が可愛く思えてきたな」
 吉彦は破顔一笑したが、すぐまじめな表情に戻った。
「まあ裏を返せば、似ていても血縁とは限らないってことだ。 逆に言えば、似てなくても母と子かもしれないし」
「そもそも、なんで加納嘉子は、登志子をじっと見続けてたんでしょう。 とても奇妙な目付きだったと登志子は言ってたわ」
「彼女のことを調べ続けてもらおう。 加納嘉子に逢ってから、急に変なことが起こり出してるのは確かだ」
「他に手がかりがないしね」
 三人は少しがっかりして、話を終わらせた。




 二学期の終わり、登志子たち姉弟は、級友たちに夏休みの旅行のことを匂わせた。
 あくまでもほのめかすだけで、どこへ行くかはぼかしておいた。
「うん、まだどこへ行くかはっきり決まってないの。 お父さんの仕事の都合もあるしね。 だから予定が立てられなくて困ってる」
「一緒にライブに行くっていう約束は?」
「ごめん。 いつ出かけるかはっきりしないと、何にも決められない。 だからライブはまた今度ね」







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