表紙

羽衣の夢   94 新たな計画


 一年後輩の桜河と山賀という目撃者がいるし、登志子は学校の有名人だからして、長く襲撃を秘密にしておくことはできなかった。
 六月のPTA(保護者会)に出席したとき、晴子は何人もの母親たちに心配されて、内心ひどく驚いた。
「いえ、かすり傷ひとつ負わなかったんですけどね、どうしてご存知?」
「生徒の間に広まってね。 ほら、深見さんは学園のアイドルでしょう? あんないいお嬢さんに手をかけたって言って、みんな真剣に怒ってるんですよ」
 晴子は複雑な気持ちになった。 出生の秘密さえなければ、周囲が大事にしてくれるのは嬉しいことだった。 でも今は世間に騒がれて、ますます話がもつれるのだけは避けたい。
「前も友達に囲まれて帰るお子さんだったけど、このところ人数が倍増してるんじゃないかしら。 それに、親衛隊みたいに交代で通学を守ってる男子たちもいるみたいだし」
「まあ……」
 晴子は絶句した。 まるで少女歌劇のスターのようだ。
「そこまでしてもらって、ありがたいですけど、かえってご迷惑では?」
 話し相手の奥さん二人が、顔を見合わせて笑いあった。
「好きでやってるんでしょう。 誰かに夢中になりたい年頃ですもの。 もうじき夏休みになれば、自然に止めるでしょう」
 そうだ、じきに長い休みが来る。
 晴子は考えをめぐらせた。 ゴールデンウィークの郊外暮らしは楽しかったし、子供たちの体力と好奇心のために有益だった。 夏休みの間、子供達をすべて連れて、誰も知らないところで過ごすのはどうだろうか。 ごみごみした都会にいて毎日見張りをつけられるより、広い場所でのびのびと自然を満喫できるほうが、登志子の健康のためにいいし、伸び盛りの弟たちにはもってこいのはずだ。
 突然思いついた案に、晴子の胸は躍った。


 先生方はまだ生徒の噂を知らない様子だったので、晴子は何も話さずに家へ帰り、母に相談した上、夫が仕事から戻るのを待ちかねた。
 吉彦は、取引先と食事を取ったため、夜の十時過ぎにようやく車で送られて帰宅した。
 少々疲れているように見えたが、晴子が着替えを手伝いながら思いついたことを話すと、すぐ乗り気になった。
「それはいい考えだよ。 こっちにいれば、部活も終わったことだし、いろんな友達に誘われて外出を断りきれないだろう。 どこに危険が待っているかわからない」
「そうよね。 私もそう思ったの」
「みんながいなくなると、僕は寂しいけどね。 こっちは長い夏休みは取れないし、ひとりで家に帰ると思うと」
 賑やかな家族が大好きな吉彦を思って、晴子も気の毒で、ネクタイをゆるめている夫を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「すみません。 私の手際が悪くて、ただ夢中であの子を自分の子にしてしまったから。 戦争のごたごたの中でも、もうちょっとうまく手続きすればよかった」
 吉彦の手が晴子の手首に回り、優しく握った。
「実子にしたかったんだ。 他にどうしようもなかったよ。 それに、養女じゃもっと早く怪しまれたかもしれない。 生まれのせいかどうか、まだわからないしね。
 あのときは、晴子があの子を救っただけじゃない。 登志子も僕達夫婦を救った。 僕はずっとそう思ってる。
 それに、少し自信も持ってるんだ。 あんなに誰からも愛される子供って、見たことがないだろう? もともと素質がいいんだろうが、晴子とお義母さんと、それに僕が育てたせいもあるんじゃないかって」
 口では言えなくて、晴子は夫の背中におでこをつけたまま、大きくうなずいた。
「お母さんと気を合わせてくれて、いつも感謝してる。 あなたがお父様に似てなくてよかったわ」
 吉彦は低く吹き出した。
「おいおい。 でも確かにそうだな。 親父に放り出されたから、よけいこの家族が大切になったかもしれないな。 薄情な親父を見返してやるってのも確かにあった」
「がんばりつづけて疲れなかった?」
「いや、癖になった」
 二人は寄りかかりあって、くすくす笑った。







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