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羽衣の夢   92 頼れる旧友


 吉彦は翌日すぐ、昔の戦友の一人に連絡した。 佐倉というその男性は、戦地からの引き揚げが遅れて本土に戻ってきたため、元の勤め先に復帰することなく、要人の護衛や現金輸送の会社を立ち上げて成功していた。


「とにかく一ヶ月、つかず離れずで登志子を守ってもらうことにした。 佐倉にも小学生の娘がいるんで、真剣に話を聞いてくれたよ」
「ありがたいわ。 プロの目で見て、怪しい男がつきまとっていたら、きっと気づいてくれるわね」
 夫の素早い対応に、晴子はとりあえず胸を撫でおろした。
 だが、登志子はなんとなく収まりがつかない感覚だった。 護衛者の顔を教えてもらっていない。 不自然な反応になるからというのだが、いつも誰かがどこかから見守っているというのは、どうにも妙な落ち着かない気持ちになった。


 吉彦が家族に言わなかったことが、ひとつあった。 佐倉に頼んだ仕事は、登志子の護衛だけではなかったのだ。
「なあ、加納嘉子って知ってるだろう?」
 バーのテーブルに座り、ウオッカの水割りという強烈なものを飲んでいた佐倉は、日焼けした精悍な顔を上げた。
「女優の? もちろんだ。 知らなきゃ日本人のもぐりだ」
「そのマネージャーという男が、うちの娘のことを聞いてたっていうんだよ」
「へえ。 別に不思議じゃないが」
 そう言って、佐倉は登志子の写真を入れた胸のポケットを叩いてみせた。
「加納嘉子の若い頃に負けない美人だもんな」
「似てるか?」
 吉彦があまり真面目に訊いたので、佐倉は苦笑した。
「どうだかな。 昔の写真調べてみるか」
 半分冗談で言ったのに、吉彦はすぐ食いついた。
「頼むよ。 骨格なんかが似てるかもしれない」
「はあ? おまえまさか、娘を映画に出して左うちわ狙ってるとか?」
 豪快に笑い出した佐倉を、吉彦はぐっと睨んだ。
「ばか言え。 痩せても枯れても俺は家長として、家族はちゃんと養ってるよ」
「してないとは言ってない。 ぱりっとしたいい背広着てるしな。 仕事は順調なんだろ?」
「まあなんとか」
「お互い頑張ってるよな、乾杯」
「乾杯」
 グラスを合わせた後、吉彦は声を落として相談した。
「その加納嘉子のマネージャーが、登志子のことをしつっこく聞いたらしいんだ。 喫茶店で顔見ただけなのに」
「マネージャーが? そいつ男か?」
「そうらしい」
「じゃ、本人の好みの顔だったとか」
「そうかもしれないが、実は一緒にいた加納嘉子本人も、じろじろあの子を見てたそうなんだ」
「なるほど」
 佐倉はぐっと酒を飲み干し、淡々と言った。
「じゃ、そっち方面も少しほじくってみるか?」
「できたら頼む」
 吉彦は真剣に頼んだ。







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