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羽衣の夢   91 家族を守る


 弘樹は思いつくと腰が軽い。 さっさと立ち上がって、弟を探しに行った。 そして、あっという間に強引に連れて来た。
「いたっ、引っ張るなよ」
「すぐ来ないからだよ。 大事な用があるって言ってるのに」
「この前もそんなこと言って、行ってみたら記念写真撮りたいからカメラマンやれって、勝手なこと言ってたじゃないか」
「今度は家族のため。 あ、僕だって家族だけど」
「もう。 今微妙なとこ接着してて、ずれたら困るんだよ」
「ずれたりしないよ、滋は器用だから」
 長い廊下の端から既に、ごちゃごちゃ言い合っているのが聞こえてくる。 三年離れた兄弟だが、滋が大人びているので、言葉だけ聞いていると同い年ぐらいの感じだった。
 やがてむっつりした顔で茶の間に現われた滋は、登志子が襲われたと聞いて、兄以上に衝撃を受けた。
「そんな! ひどすぎるよ! お姉さん何にも悪いことしないのに。 みんなに好かれてるのに!」
「だから一刻も早く、犯人を見つけたいの」
 晴子が静かに言った。
「昨日、弘樹と一緒のときに、黒いジャンパーの男を見たんだって?」
「うん。 あいつなの?」
「まだわからない。 ただ、登志子の後をついてくるんなら、用心しなくちゃ。 滋は物覚えがいいでしょう? どんな顔してたか描けるかな?」
 視線を宙にさまよわせて少し考えた後、滋は確信を持ってうなずいた。
「思い出した」
 そして、加寿がとっさに茶箪笥から出してきた懐紙に、鉛筆ですらすらと四角い顔を描いていった。


 横から覗き込んでいた弘樹が、息を弾ませて言った。
「そうそう、こんなだった。 眉が細くて、目が垂れてるんだ」
 描き終えた顔を卓袱台〔ちゃぶだい〕に広げて、五人でつくづくと観察した。 悪党には見えない。 むしろ気弱そうだが、人は見かけに寄らないものだ。
「僕、お姉さんと一緒に学校行くよ。 ガードマンになる」
 弘樹が力強く宣言した。 登志子は感謝の笑みを向けたが、それでは間に合わないこともわかっていた。
「ありがとう。 でも中等部と高校は駅が一つ違うし、弘ちゃんには部活があるから」
「休む!」
 活発で剣道部の痩せ鬼といわれている弘樹がここまで言うのは、相当な献身だった。
 そのとき、玄関ががらりと開いて、父の声がした。
「ただいま〜」
 たちまち家族は総立ちになり、迎えに出ていった。 いつもの習慣だし、今日は特別に報告しなければならないことがあった。


 皆が口々に話す事件の顛末を聞いて、吉彦は一つの決断を下した。
「しばらく、学校の行き帰りに付き添いを頼もう」







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