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羽衣の夢
90 疑惑の人物
誰が、何の目的でやったかわからない。
それが一番このできごとの怖いところだった。 こんな時期に起こったため、どうしても私立探偵の聞き込みと関連があるような気になるが、そうとも限らないのだ。
間もなく買物から帰ってきた加寿も交えて女三人で、警察に通報すべきか話し合っていると、友達と奥で遊んでいた弘樹が、そろそろ夕飯時だということで見送りに出てきて、深刻な顔をした母たちを見つけた。
友達を送り出すのもそこそこに、彼は茶の間に乗り込んできて、座布団を出すと、どっかと座った。
「最近おかしいよな。 僕達をのけ者にして、お姉さんから上の人だけでこそこそ、こそこそ。 今日は教えてもらうからね。 教えてくれるまで、ここ動かないよ」
話せることは話そうと決めたのは、登志子だった。 長男の弟はずいぶん背が伸び、気がついてみると、もう登志子を追い越していた。 興奮して熱を出すことも、数年前からなくなっている。 友也が無邪気に信じているとおり、弘樹は急速に吉彦に似てきて、頼もしいお兄ちゃんになりつつあった。
言い出しにくくて低く咳払いした後、登志子はできるだけさりげなく、弘樹に告げた。
「あのね、今日学校から帰ってくるとき、線路に突き落とされそうになったの」
それまでちょっと空いばり風だった弘樹の表情が、目に見えて変わった。 怖いほど真剣な顔をして、中腰になった。
「ほんと?」
「ええ、偶然ぶつかったんじゃなく、手で押されたの。 たぶん男の人に」
すると、座布団に膝立ちしたまま、弘樹は驚くべきことを言った。
「それじゃ、帽子かぶって黒のジャンパー着た奴かな」
女三人の目が、弘樹に集中した。 目立ちたがりの彼は照れるより嬉しそうになって、そう考えた訳を説明した。
「そんな男が、最近うろうろしてるんだ。 高木さんの前にいたし、『パンのみむら』の店のとこにもいたよ。 そいつがお姉さんをこっそり見てたから、気になったんだ」
「それは、いつから?」
登志子が声をひそめて尋ねると、弘樹は真剣な顔で思い出そうとした。
「えーと、おととい! そうだよ宮田と野球の話しながら帰った日だから。 目が合ったとき、なんだかそいつ僕を知ってるみたいな目付きで見たんで、妙な感じで。 だって僕は全然知らない人だもの」
加寿が額に皺を寄せて呟いた。
「もしかすると、変質者かしら」
晴子も小さくうなずいた。 登志子はどこにいても目立つ。 通りすがりの男が、眩しいほどの美しさに惹かれて、後を付け回しているとも考えられた。
「その男の人の顔、覚えてる?」
「まあ、だいたいは」
弘樹らしく大ざっぱな答えが返ってきた。 だが次に、もっと使える情報が彼の口から出た。
「滋が似顔絵描けるんじゃない? あいつ絵うまいし、昨日は僕と一緒にいたから」
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